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雨宿りの旅人


 本調子が遠い。いや、少なくとも身体そのものはよくなったのは間違いないんですが、違和感が抜けきらないんですよ。健康な状態だったとき、どういうふうに過ごしていたのかわからない、なんていう感覚もすこしある。現実との間に一種の乖離があるようです。
 病気に限ったことではありませんけど、「それまでどうしていたのかわからない」という感覚は、かなり頭から離れにくいですよね。無意識でやっていたことを改めて突きつけられたとき、それが自分とどういった関係性のもと、どういう理屈で動いていたのかを頭で改めて理解しようとつとめてみても、ことごとくかみ合わないという一点で理解を阻害されます。無意識を意識的に受け入れるということは、おそらくできないんでしょうね。


 時間の重さというか、体感的な時間の流れは本当に不規則だなと実感しています。病気をしてから療養している現在、時間の流れが非常に緩やかに感じられ、どこか取り残されたような感覚に陥ることがままあります。しかし、それが不快でなく、むしろあらためて時間を手渡しされているようで、安心感すらあります。
 もっとも、言うまでもなく、時間があらためて与えられたからといって有効活用できるかどうかはまったくの別問題ですけどね。とくに私のような小者だと、世のため人のために動けるということもないので、せこせこと自分のやりたいことをやっておしまいになるだけです。身軽でいいような気もしますけど、ときどきその身軽さが頼んでもいない注文書を引き寄せることがあったりして、やっぱり小者は狭い箱庭の中でうろちょろするのが関の山なのだろうなあと思うのであります。
 まあ、こんな感慨も、日常にもどって日がな一日同じ事の繰り返しに戻れば消えてしまうものなんですけどね。それでも、普段から意識しておきたいものです。時間の重みというものを。
 
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