スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

常識を模った思考

 東北地方太平洋沖地震の被災情報をネット(テレビからの二次情報やTwitterなど)を通してみているうちに、気分が悪くなってきたので一切見るのをやめました。凄惨な現象に巻き込まれてしてしまった人達の、声や顔だけが変わって延々繰り返される悲鳴を見続けるのは嫌になりました。
 人間を人間足らしめるものは他者に共感するということだと言われていますが、人一人が、数百数千の慟哭に共感しつづけることは無理です。感情の整理が追いつきません。
 自分が安全な場所にいて、そこからただ眺めているだけという罪悪感、あるいは現象そのものに対する恐怖、そしてそのいずれもどうすることもできないという無力感。そういうものが自分の中に深く刺さっているのだということに気づいて、地震関連の情報を断ちました。そこに至ってから短い時間だったとはいえ、精神的にかなり苦しかったです。

 べつに私は自分自身が感受性が豊かだとか、そういうふうには思っていませんが、今回の災害はあまりに重すぎます。情報の流れ方もそうですし、実際に起きている被害の映像もそうです。ツイッターで代わる代わる流れてくる消息不明や救助要請の声も、とても見ていられませんでした。自分本位な語りばかりですが、そういった理由から、このまましばらくの間、地震の情報から遠ざかろうと思います。



 この度の災害でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りします。

 そして被災者の方々が一刻も早く心休まる生活を得られますよう、願っています。
スポンサーサイト

自作品

Twitter

blog ranking

ブログランキングに参加中

プロフィール

かささぎ(ビー玉仕様)

Author:かささぎ(ビー玉仕様)
No Image & No future

月別アーカイブ

ただいまの階層は、

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。