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海に住む少女――あなたは……ですか――

海に住む少女
著:シュペルヴィエル
訳:永田千奈
出版:光文社古典新訳文庫
ジャンル:幻想小説


 この光文社古典新訳文庫って紙質がすごい好きです。手触りがいい。カバーのシンプルなデザインもいいですね。って、前も言いましたっけ。まあいいや。
 ただ、この光文社古典新訳文庫なんというか、訳者によるのかもしれませんが、訳が良くも悪くも非常に独特な印象を受けます。まあ、他の訳を読んだことがある作品との比較としての感覚であって、原文から見てどうこうというわけではないですけども。あー、やっぱり、この文庫のコンセプトに合わせて、訳者が現代風な訳というものを意識して訳しているんでしょうかねえ。


 さて。私はこのシュペルヴィエルという作家を、この作品で読むことで初めて知りました。現代にまで残る古典というと、わりと有名な名前が多く、事実、光文社古典新訳文庫をざっと眺めてみるとどこかで聞いたような名前ばかりが並んでいます。そんな中、私がこの作品を手に取った理由は単純、タイトルの“少女”という言葉につられました。良い美少女が出ないものかと私はいつもなにかしら探しています(目を血走らせながら)
 いや、しかし、その私の期待に見事に適いました。私が想像する、“少女”と呼ぶに相応しい少女がこの作品の短篇集に登場します。
 表題作『海に住む少女』、『セーヌ河の名なし娘』、『バイオリンの声の少女』。いずれも、無垢な性を思わせる、たおやかな少女が登場します。こういう、なんていうんですかね、そのままの意味で言えば、女を感じさせない少女ということですが、とにかくそういうのは私の好きな少女象の一つなんですよ、はい。超次元ネプテューヌのキャラみたいに女(というより女の子っぽい無邪気さ)を感じさせる少女も大好きですけどね。

 それはさておき、この短篇集でまず特筆すべきは豊かな空間の表現です。現実に即したものを上手く重ね合わせていることで、非常に密なリアリティのある世界観を創りだしています。
 それらを読み終えたとき、主人公という立場として引き合いに出されたものたちの息づかい、あるいは日常に限りなく近い幻想が、物語という枠組みの中で読者による幕引きを待ち望んでいることがわかります。この作品の短篇集はすべて、物語としての死に向かって緩やかに、かつふらふらと蛇行しながら向かっているのです。
 表題作『海に住む少女』は、その傾向がもっとも顕著で、作中での少女がただただ続ける日常行為の中に、読者は悲嘆と慟哭を見いださずにはいられなくなります。それは少女を憐れに思うからではなく、読者が少女を通して見ている物語が音もなく死に絶えていく様をまざまざと見せつけられるからに他なりません。作中で少女が唯一口にした「助けて!」という言葉は、少女ですら物語の中にいられなかったということを、読者に強く印象づけることでしょう。

 この短篇集の中での私のおすすめは、先に挙げた、少女の作品。そして、『ラニ』という作品です。他にもいくらかありますが、まあ、面白いことは面白いとはいえ、それほどおすすめしたいものではありません。作品そのものの量はそれほどないものの、ロリキャラ大好きな人なら一度は読んでおくべき、と言っておきます。『バイオリンの声の少女』なんかもベタですけど、すごく柔らかくて、良い感じの少女作品ですよ。四ページしかないけど。

 それにしても、こういう少女がメインに据えられた話を読むと、脳内で二次美少女の容姿を想像してしまうわけですが(仮に作中で十人並みの少女と言われても思い浮かべるのは美少女)、私が想像する容姿っていつも金髪か桃髪なんですよね。もう自分でもどうかしているとしか思えない。たまには十二単が似合う黒髪少女を空想したいものです。
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