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雨音

 頭蓋骨持ち歩き少女作品コンペ。結構前の企画みたいですけど、この間見かけたので。企画をした方はこちら。トラックバック。かなり短め。


  ◇ ◇ ◇


 遊々が自動販売機の隣に座りこむと、まもなくして雨が降り始めた。存在感を誇示するほどの勢いはない。いつもなら人から言われなければ気づかないほどゆるやかな雨だった。小さな雨粒をひとつ受け止めた頬がぬるい風にあおられる。じっとりとした気持ち悪い感触が広がらないうちに、手の甲で濡れた頬をぬぐい、空を見上げた。紫がかった薄い雲が遠くに見える。陽が消えようとしている。太陽の断末魔は雲が完全にさえぎってしまい、聞こえてきそうにない。空が夜に覆われるころには雨も止むだろう。
 自動販売機によりかかり、遊々は胸に抱いたユユが離れないよう、腕に力を込めた。身体がぬるいのは風のせいなのか、ユユのせいなのか。控えめに降りかかる雨水が不規則な音を重ね合わせて何事かつぶやいていく。猫の鳴き声には聞こえなかった。

 前兆はあった。遊々が帰ると勢いよく玄関に飛び込んできていたユユを見なくなってしばらく経っていた。ユユが寝ている姿を見ることが多くなっていた。動きが緩やかになり、遊ぶことがなくなり、ユユが側にいる時間が減った。随分とユユの面倒を見てくれた医者は遊々を少しだけ気の毒そうな目で見て「もう歳ですから」と話した。気づくとユユの声をふとした瞬間に忘れてしまうようになった。静かに、ユユは離れていった。しかし、そのユユはいま、遊々の腕の中にいる。こうしてゆったりと過ごす時間は久しぶりだ。ユユとの長い付き合いも、そのほとんどが数えるまもなく過ぎ去っていった。ただ、ずっと一緒に居た気だけがする。
 ユユの声を初めて聴いた雨の日、遊々は声の居場所を探ることなく、この場を後にした。あのとき傘を持っていたなら、ユユを探し、傘をかけていただろう。そして、それで終わっていただろう。

「どうかされました?」

 黒い傘が空を覆った。幼い顔立ちの少女がのぞき込んでくる。

「いえ……ただ、すこし疲れただけ」
「そうでしたか。傘、いります?」
「もう止むと思う……たぶんね」
「そうですね。そうかもしれません」

 少女が傘を傾けて空の様子をうかがった。つられて、遊々も上空をあおいだ。雲は薄まり、夜が濃くなっていた。
 遊々は少女が視線を戻すのを待った。

「ありがとう」
「いいえ、通りがかっただけですから」

 学校の制服だろうか。黒い傘と黒い服、四角くふくれあがった鞄のようなものを持ち直した。傘を落ちないよう肩にかけ、重たそうに鞄を抱えている。

「ずいぶん、重そうね」
「いろいろ入ってますからね。頭蓋骨とか、過去とか」
「……」
「信じます?」

 困ったような、照れたような笑いを遊々に向け、少女はすっと身体を離した。雨の音は聞こえてこない。

「残念でしたね、その子」

 残念なのだろうか。そうなのだろう。終わりなんてものがどこにあったのかはわからない。しかし、もうすべては通り過ぎてしまった。ユユが死んだ。もう死んでいる。それは終着点の先にあったものだ。終わることができなかった、それだけが残念でならない。

「私が預かりましょうか」
「なにを?」
「その子を」

 ユユが震えたような気がした。あの日、傘を持っていなかった遊々は素通りしたはずのこの場所に戻ってきて、ユユを見つけた。あのとき、ユユを拾い上げたときの感触がまだ残っているのだとわかった。

「……せっかくだけど」
「そうですか。重そうですけど、だいじょうぶですか」
「ええ、大丈夫」
「それはよかったです。では、私はこれで」

 少女は傘を畳むと、会釈して去っていった。少女の背中を眺めた。遠ざかる少女を追って上方から夜が迫っているのが見える。夜に覆われたこの場所は、雨が止んでいた。
 一緒に暮らしていくには時間の重みが違いすぎた。積み重ねてきたものが違いすぎた。たった一度、一匹の猫とすれ違ったあの雨の日に聞こえてきた鳴き声だけが、いまも同じ場所を求めている。
 風が止み、雨音も聞こえてきそうにない。明日が訪れることもないだろう。遠く、過ぎ去った場所から猫の鳴き声が聞こえてくる。遊々はユユを抱えたまま、歩き始めた。

 /fin
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