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雲、落ちる日

 どうでもいいですけど、Twitterのサーバーが弱い弱いと言われる理由がここ数日でよくわかりました。なんだろう、アクセス過多による動作不良でしょうか? アカウント数めちゃくちゃ多いですし、同じアカウントが何度もアクセスするだろうし、夜になったら不安定になるのも仕方ないのか。まあ、それだけ大人気ということなんでしょうね。

国会図書館と出版社、書籍全文検索を実験へ


 あー、まあ、これとは直接は関係ない話なんですけど、本っていつの間にか消えていきますよね。つまり、それは単純に取り扱いがなくなる、という意味ではなく、ネットの検索にすら引っかからなくなる状態といいますか。誰からも忘れられるというか。たとえば、特定の翻訳者の手による本なんかが良い例で、時代が一回りする頃にはべつの翻訳者によって翻訳された本しか無くなっているなんてことはままある。当然、新しい翻訳者によって為された本を読む人は、過去にべつの人が同じ作品を翻訳したものを知らない。しかし、こういう、翻訳者が変わってまた出版される、なんてものはまだマシなほうで、なくなるものは気づかないうちになくなっていきます。当然、気づかないというのは有名ではないから、というわけですが、有名になれなかったとしてもその本が誰かにとって、いや、もっと突き詰めて言うなら私にとっての名作になる可能性も十二分にあるわけです。
 私はいつだかに本は出会いだ、みたいなことを話したかと思いますが、これは「その瞬間を逃せば二度と手に入らないこともありえる」という意味もあります。そんなのなんでもそうだろう、と言われれば確かにそうです。人間同士の出会いだってそういうものでしょう。しかし、あえて言うなら、人間同士の出会いなんてなるようにしかならないものですが、本との出会いはこちらからそれを手に取る以外には無いわけですよ。なんの努力もなしに、小学生の時点で妹・姉代わりの美少女幼馴染みがいるふざけた男がどこかにいたとしても、図書館にも行かず、本屋にも行かずに自分の興味が向いた本を手に取る小学生はいないわけです。クぅっ、二次美少女の幼馴染み欲しいなあ!
 当然、図書館だろうが本屋だろうが本のキャパシティは一定量しかないので、数年が経てば無くなる本もある。そうなると、やはりそれは数年前でしか手に入らなかった本、ということになります。

 書籍のテキストデータ化は以前から言われていたことではありますが、これで実質的な意味で本が跡形もなく消える、ということが無くなったとすれば、やはりそれは喜ばしいことなのではないかと思うわけです。しかしその一方、テキストデータ化は私たちに本来与えられていた、本屋や図書館で本を手に取りその重さを感じ取る一瞬にしかない出会いの機会、というものを奪ってしまうのではないかという懸念もあります。もちろん、こんなのはただの安っぽい感傷に過ぎないんでしょうけど。

 時代は変わって、人が変わる。本だけが変わらないなんてことはありませんからね。さて、山のように積もった本を崩す作業に移るか。
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