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タビと道づれ――流れ星なんて、いつだって流せる――

タビと道づれ
著:たなかのか
出版:MAG GARDEN


 おまわりさん、良い物語作ったなあ。私の中で、『タビと道づれ』はずっとタビ中心の話でしたし、今思い返してみてもやっぱりこれはタビの為の物語だと思いますが、ニシムラさんはよくがんばったと思います。
 すごいな、この作者の人。次回作が楽しみです。


 というわけで、これまで続いた、タビの長い長い一日も終わり。とうとう『タビと道づれ』完結です。最終巻。

 今回は今までに増してずっしり来ました。主要人物はそれぞれの物語を終え、流れ星が流れる場所にたどり着くわけですが、なによりも私がきつかったのはある人の「誰にでも平等に『優しい』ということは『無関心』と同じ意味じゃないか」という一言。
 これは『タビと道づれ』でもっとも重要な人物である小津航一に向けられた言葉なんですが、この小津航一は作中であらゆる人の悩みを親身に受け止め(作中ではタビを含む三人が該当)、それを自分のことと同じように悩み、解法を導こうとする、いわゆる人格者です。しかし、それは傍からみた話。彼が彼自身に対してどうだったかは、決してわかりません。彼の一人称というものがこの作品の中に存在しないからです。
 『無関心』という言葉に心当たりがいない人はいないでしょう。多かれ少なかれ、私たちは日常の中で無関心を持ち、それを無意識に振りかざしています。この作品の中で出てきた無関心は、「自動反射的な行動」を指していっています。つまり、一般的に平等な接し方と言われるものですね。
 平等な接し方。もっとも優しく、もっとも無慈悲です。平等であるということは対象を問わないということ。タビはこの物語でいろんな人と繋がり、いろんな人を求めるようになりましたが、小津航一にはそれはなかった。それが無関心であるか、そうでないかの違いじゃないかと思わずにはいられません。
 かくいう私も無関心な人間でしてね、とくに自分自身に対して。こればっかりはどうにもこうにも治りません。困ったもんです。

 まあ、それはそうと『タビと道づれ』を読み終えた今だからこそオススメしたいポイントがあります。
 そう、主人公のタビです。タビは全巻の表紙に出ている、やたらめったら可愛い貧乳少女です。へたれでネガティブですが根性はあります。そして、このただでさえ可愛いタビがなんと“タビ(幼女ver)”として度々(たびがゲシュタルト崩壊しそうです)登場します。一粒で二度おいしい!
 前も同じような薦め方をしましたが、表紙が気に入ったなら、この作品は買いです。


 ああ、それにしてもまた一つ好きな漫画が終わってしまいました。集めるシリーズものが減るというのはなんとも淋しいものがあります。また新しいものを探さないといけません。
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