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たまにはデモをやってみるのも……?

 えー、私たちは、確固たる信念の元、ここに貧乳崇拝の信仰を確立したく思い――という要旨で、私もどこぞのサミット周辺に向かうべきだったか……。
 私は世界的に貧乳二次美少女信仰が広まればみんな幸せになれる、と本気で信じてますからね、手遅れなことに。

 ところでAlcotの新作の発売が近いから云々と、ちょこちょこ話していましたが、完全に勘違いでした。
 新作の発売日が7月25日だと思ってたんですよ。で、久々にオフィシャルページを覗いたら、7月25日は予約開始日でした。まったく、なんて紛らわしい! ……いや、私が勝手に勘違いしていたから悪いんですけども。
 作品をカレンダーと共に追う、という習慣がないものですから、こういった、作品発売前のイベントに無知なんですよね。まあ、ふらっと店に立ち寄ったときに発売日をチェックしておいて、当日に買いにいく、なんてことはたまにあるんですけど。

 そうそう、ここのところ、気まぐれに外見やら印象やらの薀蓄、人に好かれる為の秘訣! などに類する本をいくつか読んでいて思ったんですが、人というものを判断するとき、まず見るべき場所はどこだと思いますか?
 ここにいらっしゃる方はご存知の方が多いかもしれませんが、私はB型なので、基本的に人にどう見られるかに関して非常に無頓着なんですよ。
 ただ、だからといって何でも無造作にやっているというわけではないですけどね。例えば本。以前友人に指摘されたんですが、本の並べ方が神経質過ぎると言われたんですよ。簡単に言えば、本屋のような並べ方をしているわけです。私としては、読むときだけでなく、処分するときにも管理しやすいからという理由でやっているだけなんですが、まあ、意識の違いですね。とはいえ、私だってずっとこの状態を保っているわけではないんですが。何ヶ月かに一度、まとめて並び替えるているだけでして。
 いや、まあ、ただの一例なので細かいことはさておき。
 人へ与える印象というのは無意識的なものから生まれる、だから取り繕いようがない、という考え方をお持ちの方はわりと少なくないと思います。なんていうんですかね、ああいった、『人に良く見られる為の指南書』というスタンスに懐疑的な方、とでも言い替えたら良いでしょうか。
 実際、私は人へ与える印象は増減できるのがせいぜいで、根本的な質というものを変えることは不可能だと思っています。容貌はもちろんのこと、日常的な仕草、立ち居振る舞い、言動、目線の動き、要素はその他にもいくらでもありますが、これだけの要素をひっくり返すことが出来る人間はいません。いたとしたら、今頃ハリウッド俳優を片手間にやっていますよ。
 しかし、それでも、指南書などでは当然のように、出来る出来ると繰り返しています。しかも不思議なことにやたらと類書が出ています。売れているかどうかは知りませんが、平積みされているものも少なくありません。
 そこでひとつ、こういった本に書かれている言葉をお見せしたいと思います。
 『営業と女は断られてからが本番』。いや、なんでも良いです。適当に、人に好かれる為の本というものを手にとって頂ければわかると思います。大抵、この言葉が入っているでしょう。ちなみに最初は営業となっているのは、営業に関する本にこういった類の本がよくあるからです。誰が言い出したのか知りませんが、営業が出来る人は身内の人間関係も円滑である、などとのたまっているものまでありますからね。売り文句としては巧い部類に入るでしょう。
 つまり、ああいった本は最初の印象がどうこうと書いているのは、明確な印象そのものをどうにかしようというものではなく、一度与えた印象をどう操作するか、という本に他ならないわけです。
 ここまでを踏まえたうえで、私は問いかけたいわけです。
 人というものを判断するとき、まず見るべき場所はどこだと思いますか? と。答えは単純です。その人の日常の部分ですよ。そこに、本質があります。

 印象操作、というと大げさに聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。私たちは日々、変化する印象というものを受け入れています。
 例えば、「朝が来るのが嫌な日がある」「なぜか?」「その日は早起きしなければならないから」「じゃあ、その次の日の朝は嫌なのか」「昨日に比べれば良い方」とこうなります。この人に、「じゃあ、朝は好きか?」と聞いたらどうなるでしょうか。早起きしなければならない日の前日なら、きっと嫌いだと答えるでしょう。しかし、その日が過ぎた後なら、嫌いではない、好きな方だ、などと答えるでしょう。
 つまりは、この要領なんですよ。相手から無理やり「嫌ではない」、という言葉を引き出す為の手法、それをああいった類の本はまさしく言葉の意味のまま、『指南』して、奨励しているわけです。
 もうね、本気でどうにかしています。こんな本たちがのさばっていることが、なにも成長を促さない自己啓発書が出てくる温床になっているんでしょう。いや、あるいは、成功すればなんでも良いという風潮があったときの残骸なのかもしれませんけどね。

 まあ、どこまでいってもビジネスですから。ああいったわけのわからない指南書を銘打つ本たちも、数を捌くことを目当てで作ったのなら一向に構わないんですよ。ただ、あまり褒められたものではありませんけどね。しかし、あれを鵜呑みにして、実行してしまった人らが、数ヶ月後、あるいは数年後、どんな状況に置かれることか。軽い気持ちで手に取るぐらいなら、そんな重傷にもならないかと思いますが……。

 以前ちらっとお薦めしましたが、もう一度だけ。このブログ内の記事です。こんな紹介の仕方は、本当はしたくないんですが。

 『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
 著:アービンジャー・インスティチュート
 監修:金森重樹 訳:冨永星
 出版:大和書房

 何かに縋りたいと思ったら、この本を読むべきです。もし、私が先に挙げたような本を読んでしまって影響を受けてしまったなら尚のことです。
 他にも良書があるかもしれませんが(オグ・マンディーノは私にはちょっとよくわかりませんでした)、今お薦めできる自己啓発書はこれぐらいしか思い当たりません。なんというか、申し訳ない。

 もちろん、『人に良く見られる為の本』などに今まで関わったことがなく、そういったものには興味がない、必要がないというなら、上の本を読まなくても構いません。むしろ、そういった方たちは、本を読むよりも、今を生きることの方が大事です(具体的には積みゲの消化など→インストールすら出来ていない私です)。必要になったときに思い出してもらえれば、と、ぴょーひょろろ。
 ただ、まあ、なによりも重要なのは、小手先の技術に惑わされないことです。技術なんてものはその場しのぎにしかなりません。その場しのぎを繰り返しても、残るのは砂上の楼閣です。くれぐれもこれだけは覚えておいてくださいね。
 いや、無論、目測として、お金が残りそうだ、いやいやそれどころか美少女が残りそうだ(メイドロボができる! や、二次元への入口を見つけた! など)、という場合はこの限りではありませんけどね。

(7月12日 極端に攻撃的な文章になってなかったら良いんですが。一応、少しフォローしておきますと、私が読んだ『指南書』の類の本の半分ぐらいは著者本人の成功談、みたいな形のものだったんですよね。ですから、彼らは彼らなりに「読者の為になれば良い」と思って書いた、という可能性もないとは言い切れません。いや、本質的には、むしろそっちの方が問題なんですけどね。文章に妙なリアリティが出てきますから。
 まー、そうそう影響を受ける人はいないと思うんですけどね。なんにせよ、気をつけたいものです。友人があのような本に影響されてしまったりした日には、下手すると友情がひとつ壊れかねませんからね)
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