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アイス売りの少女~ハッピーエンドの行方~


 アイス5割引き! と言われるとお得感に溢れていますが、アイス5つで250円! と言われると途端に胡散臭くなります。在庫が浮いたアイスは要らないんですよ。
 常に人気で、奪ったり奪われたり、ときには和んだり嘆いたり、そんなアイスを私は捜し求めているんです。そのためなら、4割引きでも我慢できます!(こういう奴を小物と言います)


 そういうわけで、童話に見られる二次美少女について。
 基本的に少女が出てくる童話といえば、酷い環境に置かれながらも、持ち前の気高い精神とたおやかな容姿で何とかハッピーエンドにたどり着くか、儚さに包まれてデッドエンドかの二通りではないかと思います。まさにデッドオアアライブ。S.T.A.R.S.もびっくりの綱渡りな人生ですよ。
 しかし、困ったことに、まったくの初見のゾンビという生物を相手にナイフ一本で立ち向かうようなサバイバル術を持たない少女たちは、降りかかってくる災難に対して身を縮こめるしかありません。
 先ほど、デッドオアアライブとは書きましたが、その違いにしたって、同じことに対して耐え切れるか、耐え切れないかの違いでしかないわけです。

 これまで、私はこの状況を憂いてきました。
 べつに、二次美少女のすべてはナイフ一本でGの第四形態を倒すべきだ、と言っているわけではありません。
 童話は寓話としての性質を持つものが多いわけですから、お手本となる清廉さを善しとする、もしくは清貧を善しとする考えがあっても良いと思うんですよ。
 ですが、精神と容姿を武器としてカウントするべきではないかとか思うわけです。つまり、二次美少女が生来持っている性質としての強さです。
 具体的に言えば、二次美少女を目の前にした魔女が溶けてしまったとか、「これを売って来い!」と美少女に持たせたはずが気づいたら自分が売り子になってたとか。
 そして、二次美少女は私と末永く幸せにくr(放送途中、かささぎが太陽の光の直撃を受けて消滅したとの情報が入ってきました。続報が待たれます)

(6月2日 それにしても、童話の寓意って本当に子供に伝わるものなんでしょうかね。まあ、ある意味、記憶の深いところに童話のキャラたちの生き様が心に残るのかもしれませんが、それが本当に情操教育になっているのかどうか。
 まあ、犯罪が比較的少ない国ではありますし、もしかすると、日本は童話による情操教育において立派に成功している国だと言えるのかもしれませんけどね。)
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