スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

招かれざる食材


 調理に工夫して子供に食べさせる、という食材でよく例に挙げられるのがピーマン、にんじん、たまねぎ、ナス、セロリ。で、あとは、ほうれんそう、とかでしょうか。普遍性が高いものでありながら、子供に嫌われること敵の如し。まあ、私もセロリを好んで食べようとは思いませんが。
 こういうのって、子供が好きなものにさりげなく混ぜて食べさせよう、というのが王道でしょうけど、食べさせられる側としてはどうなんでしょうね。せっかくのカレーにピーマンが入っていたり、見ただけではナスだとわからないほどに細かく刻まれて野菜炒めに混ざっていたり。気づいてしまったが最後、親子間戦争の勃発ですよ。
 付け合せの一品として出して、さっくり食べられるようなものが作れる食材なら良いんですけどね。そうすれば、子供が好きな食べもので釣りつつ、じゃあこっちも残さず食べるように、という方法があるでしょうから。まあ、ちなみ私は嫌いな食材は意識内でフィリタリングしていますので、嫌いな食材を見かけることがありません。


 文学少女の最新刊『〝文学少女〟と神に臨む作家(ロマンシエ)』を読破。相変わらず遠子先輩は素晴らしい。というか、どうでもいいですが、今回の話を読んでいると菊池寛の『無名作家の日記』を思い出しました。自分の作品に期待しているのは、誰よりも自分自身なんですよね。この作品は素晴らしい作品になる、とか、次はもっと良い作品を書ける、とか。
 単純になにかと比較してという意味でなく、それは作品という枠組みを超えた、自分への期待に他ならないわけです。しかし、穿った捉え方をすれば、まだ存在していないものに対する評価に過ぎないので、評価そのものに価値がない、つまり、期待は価値を付与するものにはなれないということを肯定することにもなるんですけどね。私の場合は、三ヶ月後に発売のリトルバスターズエクスタシーにこれが当てはまるります。まあ、Kanon、AIR、CLANNAD、智代アフターと実際にプレイしてきて、しかもプレイ済みの方の言葉もいくつか見ているので、厳密には違うかもしれませんが。
 いや、こんなことはさておいて。文学少女、読み手としては楽しみにするしかありません。遠子先輩なら塩と砂糖を間違えてもノープロブレム。殺伐とした展開を度々見せる文学少女の清涼剤はやはり文学少女。慎ましやかな局部は世界を救いますね(かなり危険な表現)

(4月29日 マリみても終わりが見えてきているように見えるのは私の錯覚でしょうか。最近、どうも妄想性の視野狭窄に陥っているふしがありまして。たまに、RSSという文字が魔界天使ジブリール3に見えることがあります。予約した覚えはないんですが……)
スポンサーサイト

trackback

comment

コメントする

Secret


自作品

Twitter

blog ranking

ブログランキングに参加中

プロフィール

かささぎ(ビー玉仕様)

Author:かささぎ(ビー玉仕様)
No Image & No future

月別アーカイブ

ただいまの階層は、

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。