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銃声が聞こえてこない

なぜ東京では銃声がまったく聞こえないのか。一月に一回は聞こえないとおかしい。
これは私を油断させようとする、何者かの陰謀である。
いくら取り繕っても私はこの部屋から出んぞ!(錯乱)

 

○闇の住人はどこに潜んでいるのか

都道府県の犯罪発生番付によると、一位は大阪府、二位は愛知県、三位は福岡県。
日本でもっとも人口が多く、混沌としているはずの東京都はなんと七位。すばらしい、実にすばらしい。

私の中では、東京って地域は、夜になると銃声や爆発音が響く場所だったんですよ(妄想)
しかし、夜中に怒鳴り声や銃声が聞こえてくることもないし、爆音を撒き散らす珍走屋もいませんし、パトカーのサイレンもあんまり鳴りません。正直、夜が静かすぎて驚いた。音が夢の中にまで追いかけてくる九州北部の街とは大違いだ……。

そもそも、国家という括りならともかく、同国家内でこういう犯罪率の差がでるというのはとても不思議ですよね。
同じ法律が適用されるということは、どこで犯罪を犯しても同じだということなのに。

突発的な悪行を指して、魔が差したなんて言い方をしますね。もしかすると、倫理観の薄い人間が住んでいる区域の治安が悪いというわけではなく、魔なる者が住んでいる区域だから治安が悪いのかもしれません。

闇の住人はその数にこそ違いがあれど、いついかなるときでも私たちを狙っているのです(結論)

 

○犯罪の未来

「なぜ○○をしてはいけないのか」という問いに、「ならぬものはならぬ」あるいは「法で禁止されているから」という返答をすることがたびたびあると思います。

実際、人の自由意思と社会的(倫理的)禁忌との兼ね合いというものは非常に難しい問題で、哲学的命題とまでは言わずとも、思考を重ねていけばいくほどバランスが危ういものであることに気づくでしょう。

しかし、この問題、はたしていつまで続くでしょうかね。

先日、ウェアラブル端末のエントリを書きましたが、あの記事では触れなかったことの一つに、価値観の普遍化というものがあるんですよ。デバイスが行くところまで行って、その形態が単一化されたとき、情報の多様性が個人としての処理能力を超え、結果的にある一定の情報を得るというところで留まると思うんです。
共通項が大きくなると言えばいいのかな。ネットの使用方法や、よく利用しているサイトの如何を問わず、『日本からアクセスしている』という一点で、提示される情報が画一化されてしまうといったところ。まあ、画一化と言っても、その規模は一企業や国家に収まる範囲のものではありませんけれども。

そして、その情報は当然、私たちの価値観を変形させていきます。しかし、いくらウェアラブル端末が行き着くところまで行っても、これが即座に私たちから生活の雑事を奪うというわけではありません。
そこで、地域に根ざした生活と、人自身の価値観の乖離がはじまります。

現在でも地方に住んでいる人だと実感していることだと思うんですが、SNSやコンテンツの発信などの情報を見ていると、地方での感覚とのズレが出てくるんですよね。

標準の価値観というものを理解する一方で、自分の日常との照らし合わせが行われる。そのうちに、日常の不安定さが、動きの少ない価値観によって呑みこまされてしまうわけです。

価値観の普遍化、倫理観の一定化。

犯罪もやがて、地域の影響を受けないように均一化されるかもしれません。そうして、人、個人に根ざす種の姿が露わになり、そのうち犯罪が引き起こされることすら許されない世の中になる、……などという妄想をしました。ビッグブラザーのドヤ顔が浮かんでくるようだ。

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