スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人間は人間のままエンディングを迎えられるか

働き手「70歳まで」…人口減対策で提言案

ベーシックインカムのレビューでさらっと触れましたが、労働生産年齢人口の減少を見越して出てきたのがこの案です。

「15~64歳までの人間で足りないのなら、70歳まで働かせればいいじゃない」

その発想はなかった!

やっぱり政治のプロは考えることがちがうなー! すごいなー、あこがれちゃうなー!

これで日本の未来も安泰ですね。はー、良かった良かった。

 

 

○社会性の重圧

ひさしぶりの投稿です。艦これのイベントやらなんやらで忙しかったと言い訳をしつつ、露骨に話題を変えていく。

5月5日の未明、かなり大きな地震が伊豆大島を震源地として起こりましたね。

東京は地震が多い土地だと聞いてはいましたが、これまではそれらしい規模の地震を感じることもなく、私としてはのほほんと受けとめていました。が、今回の地震は違いました。地震としてどこに出しても恥ずかしくないであろう地震でした(上から目線)

5月5日、なぜか地震が起きる直前に目が覚めまして(予震か地鳴りのせい?)、震度4程度の揺れを寝起き直後に味わうことになりました。

幸い家の中でなにかがひっくり返るようなこともなく、ボケーッと寝たまま「おー、揺れてる揺れてる」と考えていたら地震は収まったのですけれども、内心はこのまま大地震に発展するんじゃなかろうかとビクビクしていました。漣の名前を呼びつつ苺パンツに顔をうずめると、顔を真っ赤にした漣が暴れまわり、太ももの感触に身を委ねながら気絶するという妄想まではじめる始末(平常時にもしています)
この危機意識の少なさがいつ私を窮地に陥れるのかわかったものではありません。こんなんじゃ、東京の闇をかいくぐって生き残ることができそうにもない……。

しかし、こんな危機も、これから起こることが決定されている国家ぐるみのボディブローに比べれば大したことはないのかもしれません。

 

70歳まで働く、まあとりあえずそういうことにしておきましょう。

平均寿命は長くなりましたし、衛生環境の変化か、それとも食生活の変化からかわかりませんが、元気な老人も増えてきたように見えます。

しかし、現状、どうあがいても人間の身体は老化から逃れることができません。身体も脳も動きが悪くなることは周知の事実です。

そんな老体に鞭打ってまで働かせようとする。その理由が労働者が足りないから

えぇー……?

いやいやいや、ちょっと待ってください。べつの理由なら構わないんですよ、「国民年金あんまり払えないから足りない分は自分で稼いでねてへぺろっ」とか「あなたたちが得てきた仕事のノウハウがいま求められているんです!(ただし実際に使うとは言っていない)」とか。

いやまあ、良くはないんですけど、そういう理由ならまだマシなんです。行き止まりじゃないから。

というのも、労働者が足りないから老人を働かせ続けるいうことはですよ、これ実質上の敗北宣言ですよ。「近い将来、もうこの社会は成り立たなくなります」という。

だって、少子化は進む一方、人口減少はすでに始まっている、いくら70歳まで働かせたとしても老人もそう遠くないうちに死ぬ。

どう捻りつくしても労働者の増加は見込めません。

移民の誘致を数に入れたとしても、日本人口は年間22万人減少しています(平成24年度)。具体的には平成24年度の出生者数が103万に対して、死亡者数が125万ですね。

そんな状況で老人を引っ張りだす、これはもう明らかに一時凌ぎ、それもごく短い期間でしか使えない手段ですよ。

そこまでやってなにを守ろうというのか。

この場合は基盤としての社会、ひいては社会福祉になるんでしょうけれども、そもそも、それこそが現在の歪さを生みだしているもの、つまり社会の構成員に異様な負担を与えているものなんですよね。

社会福祉は国民に安定した保障を与えるものなのに、なぜそれを守る為に命を削ってまで働かなければならないのか。本末転倒も甚だしいです。

「若者が老人を支えるのが社会福祉だから」というのが現代の福祉を運営する側の主張らしいですが、これこそ馬鹿馬鹿しい。そりゃ若者に力が有り余っていれば可能でしょうが、実際はそうではない。時間、あるいは経済的に満足な状況にない若者の労働力(納税)を当てにするにしても限度がある。

さらにはいまの若者が高齢に差しかかったとき、年金の減少、支給年齢の引き上げすらあり得るという状況。若者からモチベーションすら奪っているのが現代の『社会福祉』です。

 

人間は社会性をしてはじめて、動物から人間という形態を取り、知恵を守ることができているといいます。

しかし、人間の未来を押し潰さんとするほどに肥大した社会は、はたして人間の社会として相応しいのかどうか。

人間の為に社会が変容するか、社会の為に人間が変容するか。数十年後は、どうなっているんでしょうね。

スポンサーサイト

自作品

Twitter

blog ranking

ブログランキングに参加中

プロフィール

かささぎ(ビー玉仕様)

Author:かささぎ(ビー玉仕様)
No Image & No future

月別アーカイブ

ただいまの階層は、

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。