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fairy's track 第十一話


 ココロ達の戦いはこれからだ!

 Prologue
 第一話
 第二話
 第三話
 第四話
 第五話
 第六話
 第七話
 第八話
 第九話
 第十話

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雨音

 頭蓋骨持ち歩き少女作品コンペ。結構前の企画みたいですけど、この間見かけたので。企画をした方はこちら。トラックバック。かなり短め。


  ◇ ◇ ◇


 遊々が自動販売機の隣に座りこむと、まもなくして雨が降り始めた。存在感を誇示するほどの勢いはない。いつもなら人から言われなければ気づかないほどゆるやかな雨だった。小さな雨粒をひとつ受け止めた頬がぬるい風にあおられる。じっとりとした気持ち悪い感触が広がらないうちに、手の甲で濡れた頬をぬぐい、空を見上げた。紫がかった薄い雲が遠くに見える。陽が消えようとしている。太陽の断末魔は雲が完全にさえぎってしまい、聞こえてきそうにない。空が夜に覆われるころには雨も止むだろう。
 自動販売機によりかかり、遊々は胸に抱いたユユが離れないよう、腕に力を込めた。身体がぬるいのは風のせいなのか、ユユのせいなのか。控えめに降りかかる雨水が不規則な音を重ね合わせて何事かつぶやいていく。猫の鳴き声には聞こえなかった。

 前兆はあった。遊々が帰ると勢いよく玄関に飛び込んできていたユユを見なくなってしばらく経っていた。ユユが寝ている姿を見ることが多くなっていた。動きが緩やかになり、遊ぶことがなくなり、ユユが側にいる時間が減った。随分とユユの面倒を見てくれた医者は遊々を少しだけ気の毒そうな目で見て「もう歳ですから」と話した。気づくとユユの声をふとした瞬間に忘れてしまうようになった。静かに、ユユは離れていった。しかし、そのユユはいま、遊々の腕の中にいる。こうしてゆったりと過ごす時間は久しぶりだ。ユユとの長い付き合いも、そのほとんどが数えるまもなく過ぎ去っていった。ただ、ずっと一緒に居た気だけがする。
 ユユの声を初めて聴いた雨の日、遊々は声の居場所を探ることなく、この場を後にした。あのとき傘を持っていたなら、ユユを探し、傘をかけていただろう。そして、それで終わっていただろう。

「どうかされました?」

 黒い傘が空を覆った。幼い顔立ちの少女がのぞき込んでくる。

「いえ……ただ、すこし疲れただけ」
「そうでしたか。傘、いります?」
「もう止むと思う……たぶんね」
「そうですね。そうかもしれません」

 少女が傘を傾けて空の様子をうかがった。つられて、遊々も上空をあおいだ。雲は薄まり、夜が濃くなっていた。
 遊々は少女が視線を戻すのを待った。

「ありがとう」
「いいえ、通りがかっただけですから」

 学校の制服だろうか。黒い傘と黒い服、四角くふくれあがった鞄のようなものを持ち直した。傘を落ちないよう肩にかけ、重たそうに鞄を抱えている。

「ずいぶん、重そうね」
「いろいろ入ってますからね。頭蓋骨とか、過去とか」
「……」
「信じます?」

 困ったような、照れたような笑いを遊々に向け、少女はすっと身体を離した。雨の音は聞こえてこない。

「残念でしたね、その子」

 残念なのだろうか。そうなのだろう。終わりなんてものがどこにあったのかはわからない。しかし、もうすべては通り過ぎてしまった。ユユが死んだ。もう死んでいる。それは終着点の先にあったものだ。終わることができなかった、それだけが残念でならない。

「私が預かりましょうか」
「なにを?」
「その子を」

 ユユが震えたような気がした。あの日、傘を持っていなかった遊々は素通りしたはずのこの場所に戻ってきて、ユユを見つけた。あのとき、ユユを拾い上げたときの感触がまだ残っているのだとわかった。

「……せっかくだけど」
「そうですか。重そうですけど、だいじょうぶですか」
「ええ、大丈夫」
「それはよかったです。では、私はこれで」

 少女は傘を畳むと、会釈して去っていった。少女の背中を眺めた。遠ざかる少女を追って上方から夜が迫っているのが見える。夜に覆われたこの場所は、雨が止んでいた。
 一緒に暮らしていくには時間の重みが違いすぎた。積み重ねてきたものが違いすぎた。たった一度、一匹の猫とすれ違ったあの雨の日に聞こえてきた鳴き声だけが、いまも同じ場所を求めている。
 風が止み、雨音も聞こえてきそうにない。明日が訪れることもないだろう。遠く、過ぎ去った場所から猫の鳴き声が聞こえてくる。遊々はユユを抱えたまま、歩き始めた。

 /fin

棺の中の証明


 ネズミ駆除のポイントというテーマで書かれた紙が役所にあったんです。なにやら非常に興味を惹かれたので思わず持って帰ってきてしまったわけですが、よくよく考えると、私は家に巣くうネズミというものを一度も見たことがないんですよ。
 もし、この用紙に書かれたネズミ駆除の方法を実行し、そこに倒れたネズミを見つけた場合、私は知らなくてよかったはずの事実を知ってしまうことになります。つまり、私はこれまでネズミと共同生活をしていたのだ、という残酷な事実。私自身への精神的なダメージはもとより、この事実が外部に漏洩すれば、夢の国から使者が訪れる可能性も……あれ、こんな時間に軍用ヘリが?


 今日は平和な一日でした。
 な に も な か っ た、そうですよね。


 それはそうと、とある心理学の本を読んだんですよ。PHP文庫の『すぐに使える!心理学』/著:渋谷昌三。
 なかなかにきっぱり言い切ってくれる面白い本でして、その中に「20答法」という自分を診断する為のテストみたいなものがありました。どうもこの20答法というテストに於ける結果は多岐にわたって判断する基準になるようでして、心理学界隈では有名なテストのようです。
 まあ、そんな細かいことはさておき、実際にどういうテストなのか。内容そのものはすごく簡単です。

 方法は、制限時間5分以内に「私は『……』」という形式で、『……』の部分を埋めていく。これを、まったく同じ形式で20回くり返します。
 私は二次美少女が好きだ、私は貧乳が好きだ、私は幼女の体型が好きだ、私はピンクの髪が好きだ、私はロリコンだ、私は「男の娘もたまにはいいね!」ときがある、私は……、というように思ったままを20回にわたって書くわけですね。すると、だんだん自分の本性だとか、自分の欲求だとかが現れてくるらしいです。
 ただ、このテストそのものは結果の解釈が非常に難しいらしく、結果=自分の本性というように受け止めるわけにはいかないようです。
 まあ、ちょっとした小話ということでひとつ。


 しかし、心理学での診断、ってのはよく聞きますけど、実際のところどれぐらい有効なものなんでしょうね。たとえば、ABCDの四択で性格診断を行うテスト集みたいな本とか。正直、私はあの手の性格診断より誕生日占いなどのほうが信用に足ると思っているんですよ。なぜかというと、性格診断の類のテストは選択肢そのものに対する好悪が介入してくるのに対し、誕生日占いは対象の意思が関係なく、純然として結果だけが存在するものだから。まあ、先に結果という枠があり、それに当てはめるという形式のほうが多様性を受け入れられるというだけの話ですが。選択肢というのは、そこにある時点で選択の意味がなくなるんですよね。選択による診断を行うなら、選択肢を明示しない必要があると思います。
 なんにせよ、信じるものは掬われるってやつですね、主に足下を。

○本の住人――ようじょに ふじゆうせず しあわせにくらしました――



○本の住人
著:kasmir
出版:芳文社


 幼女四コマの決定版。これを読まずに幼女四コマは語れないでしょう。既刊1~3巻。

 出てくるキャラがそれぞれ次元の壁を打ち壊すほどのポテンシャルをもって襲いかかってきます。1巻から佳境。
 主人公である『のりこ』、童話作家をやっている『のりこの兄』、金髪ツインテールハイブリッド幼女『ちーちゃん』、普通と見せかけてやっぱり普通に見える『みか』、そして担任の先生、いずみを担当している編集者……そして、彼女たちの途方もない日々に連れ添う学校生活多くの幼女たち。個性を超越し、もはやなにが個性というべきものなのかわからなくさせるようなキャラ達が織りなす狂騒の日常を描いた漫画です。

 なんといってものりこがかわいい、ちーちゃんが神、みかが超現実、のりこの兄がわりと普通、という読めば読むほどわけがわからなくなってきます。読み終えたとき、気づくと読者はのりこ(5歳)と脳内で遊ぶようになっているでしょう。それこそがさなえ時空の為せる偉大な業なのです。
 なにげにのりことその兄の関係がハートフルなのがまた混乱を呼びます。あらゆるページに混乱が詰まっている。正常な思考を混乱に導くのか、あるいは混乱に満ちた思考の人間がこの本を求めるのか……それはいまとなっては誰にもわからないでしょう。

雲、落ちる日

 どうでもいいですけど、Twitterのサーバーが弱い弱いと言われる理由がここ数日でよくわかりました。なんだろう、アクセス過多による動作不良でしょうか? アカウント数めちゃくちゃ多いですし、同じアカウントが何度もアクセスするだろうし、夜になったら不安定になるのも仕方ないのか。まあ、それだけ大人気ということなんでしょうね。

国会図書館と出版社、書籍全文検索を実験へ


 あー、まあ、これとは直接は関係ない話なんですけど、本っていつの間にか消えていきますよね。つまり、それは単純に取り扱いがなくなる、という意味ではなく、ネットの検索にすら引っかからなくなる状態といいますか。誰からも忘れられるというか。たとえば、特定の翻訳者の手による本なんかが良い例で、時代が一回りする頃にはべつの翻訳者によって翻訳された本しか無くなっているなんてことはままある。当然、新しい翻訳者によって為された本を読む人は、過去にべつの人が同じ作品を翻訳したものを知らない。しかし、こういう、翻訳者が変わってまた出版される、なんてものはまだマシなほうで、なくなるものは気づかないうちになくなっていきます。当然、気づかないというのは有名ではないから、というわけですが、有名になれなかったとしてもその本が誰かにとって、いや、もっと突き詰めて言うなら私にとっての名作になる可能性も十二分にあるわけです。
 私はいつだかに本は出会いだ、みたいなことを話したかと思いますが、これは「その瞬間を逃せば二度と手に入らないこともありえる」という意味もあります。そんなのなんでもそうだろう、と言われれば確かにそうです。人間同士の出会いだってそういうものでしょう。しかし、あえて言うなら、人間同士の出会いなんてなるようにしかならないものですが、本との出会いはこちらからそれを手に取る以外には無いわけですよ。なんの努力もなしに、小学生の時点で妹・姉代わりの美少女幼馴染みがいるふざけた男がどこかにいたとしても、図書館にも行かず、本屋にも行かずに自分の興味が向いた本を手に取る小学生はいないわけです。クぅっ、二次美少女の幼馴染み欲しいなあ!
 当然、図書館だろうが本屋だろうが本のキャパシティは一定量しかないので、数年が経てば無くなる本もある。そうなると、やはりそれは数年前でしか手に入らなかった本、ということになります。

 書籍のテキストデータ化は以前から言われていたことではありますが、これで実質的な意味で本が跡形もなく消える、ということが無くなったとすれば、やはりそれは喜ばしいことなのではないかと思うわけです。しかしその一方、テキストデータ化は私たちに本来与えられていた、本屋や図書館で本を手に取りその重さを感じ取る一瞬にしかない出会いの機会、というものを奪ってしまうのではないかという懸念もあります。もちろん、こんなのはただの安っぽい感傷に過ぎないんでしょうけど。

 時代は変わって、人が変わる。本だけが変わらないなんてことはありませんからね。さて、山のように積もった本を崩す作業に移るか。

飽食への差し水


 やっふー。東方星蓮船EXクリアしました。一人だけですけど。しかもやたら性能が高い早苗Bですけど。
 ラスト一つ手前の耐久スペルがやたら難しくてどうなることかと思いましたが、ラストスペルが意外に簡単だったのでどうにかなりました。今回のEXは特殊な弾幕が多かった……というか、新しいタイプの弾幕が多かったのでなかなか新鮮でした。でもUFOに轢かれるのだけはもう勘弁してほしい。
 しかし、他のキャラでクリアするのは難儀しそうです。早苗Bは攻撃力が高いうえ、ショットの有効範囲が広いんですよね。たぶん、EXボスのスペルの特性上、クリアが一番楽なキャラだと思います。通常ショットで弾源を潰せるスペルが多いので。辛いのは針巫女かレザマリでしょうか。ストーリーモードでもこの二人が鬼門なんですよね。ボムにしても、この二人はボム使用中はほとんど動けないのでUFO回収も難しいし。耐久スペルと道中が安定すれば楽勝なんでしょうけど。


ナナオ、倍速駆動対応/最小遅延0.5フレームのゲーマー向け23型液晶



 直販価格で10万。こりゃ良さげですね。去年出たFORSI FX2431の廉価モデルといったところでしょうか。
 ただ、今回のこのモデルには非常に興味深い機能がついているようです。

 さらに国内PC用液晶ディスプレイとして初めて、ドルビーデジタル・ドルビープロロジックIIに対応。HDMIで入力された5.1chオーディオおよび、通常の2chオーディオをヘッドフォンを通じてバーチャル5.1chサラウンドで出力できる。これにより、FPSなどで、音の発生位置などを把握しやすくなるとしている。



 ヘッドホン用のバーチャルサラウンド。音の発生位置がわかるやつですね。うーん、これがなかなか面白そう。というか、この機能が本当にこの記事で謳っているほどの能力があるものなら、ゲーム専用のモニターとして大きな訴求効果が期待できますね。
 発売は24日ということで、ちょっと注目しておきたい製品。まあ、PCモニターとして使えるかどうかは疑問が残るところなので、本当にゲーム専用として考えておかないといけなさそうなところが問題といえば問題ですか。

ななつさ――計画通り……!――


ななつさ
著:浅見百合子
出版:電撃コミックス
ジャンル:ラブイチャコメディ


 クソがっ……また壁殴っちまった……。

 主人公を思わず黄泉の国へ送迎したくなること必至な幼女漫画。とにもかくにも大当たりでした。っても、出版されたのが去年の二月辺りみたいで、しかも2巻が出ていない。そこが非常に残念。まだ続いてるならいいんですけど、どうかな。はたして続くのかどうか。

 話そのものは、
『10歳の女の子が学校の担任になって、しかもその女の子が婚約者だった』
 という、どこかで聞いたような、あるいはこれから聞くようなわりとありきたりな展開から始まるわけですが、話のテンポと見せ方が秀逸。まごうことなき実力をもった正統派です。
 とにかく先生のさららという女の子がかわいい。これに尽きる。女性作家の幼女漫画に特有のぐんにゃりした感じ、いわゆる芯のないものが多いなか、この作品は異彩と王道とを持ってその魅力を放っています。私がこの作品に他を求めることがあるとすれば、とにかく続きを読ませてくれってことですかね。1巻だけでも十分に楽しいんですが、どうにもこうにも足りない。ああ、待ち遠しい。もうI miss you!レベルですね。そういや、最近○○を偲ぶって言葉をあまり聞かないような気がする。missとはちょっと意味が違うか。

ついーと

 なんやかんやでTwitterを始めました。http://twitter.com/kasasagi_st。STはsomethingのつもりで。ああ、そういえばサムシングブルーなんてのがありましたね。

 しかし、それにしてもTwitterでなにを書けばいいのかさっぱりわからない。とりあえず登録してそれからやることを考える、という手段と目的を履き違えたパターンです。このままだとただのRSSになりそう。NTT-Xとかe-イヤホン、ITmediaとかの。
 まあ、携帯からでも簡単にツイートを送ることができるようなので、気楽にやっていこうと思います。それにしても、140字って意外に長いですね。

それで販売された(BlogPet)

きのうはkasasagiの魔法みたいな維持したいなぁ。
それで販売された!

*このエントリは、ブログペットの「こうさぎ」が書きました。

神のみぞ知るセカイ~祈りと呪いとキセキ~

『神のみぞ知るセカイ~祈りと呪いとキセキ~』
著:有沢まみず
原作:若木民喜
出版:ガガガ文庫



 『いぬかみっ!』は未読ですけど、この有沢まみずという作家が書く話って本当に面白いですね。理想のテンポを極めている感じがします。シェイシェイハ!!シェイハッ!!シェシェイ!!ハァーッシェイ!!


 神のみぞ知るセカイのノベライズ第二弾。今回は短編集とのことですが、実際は中編が一篇、あと短編が二編かな。
 読み終えたときに、この本の最後を飾る短編『レイニー・ブルー・ストーリー』の、


「……なぜ、雨の中、傘を差さないの?」
(中略)
「なにもないから。大事なものが」


 という一連のやり取りがすごく印象に残りました。『銀色ふわり』で感じた、息苦しさを覚えるほどの儚さが垣間見える。もうなんか、好きです。


 というわけで、本編の大半をしめる中編について。

 ギャルゲーと共に生きる『落とし神』――こと桂木桂馬はある日、不思議な店で『西恩灯籠』という作品を手にした。
 桂馬が生まれる前に作られた作品であり、ネット上の噂では傑作と名高い『西恩灯籠』との出会いに桂馬は歓喜し、いつものようにヒロインを救う為、攻略を開始する。
 しかし、『西恩灯籠』にまつわる噂はそれだけではなかった。
 “ギャルゲー界の呪われた鬼子”、『西恩灯籠』のオリジナルロットには恐ろしいものが隠されていたのだった。


 手に入らない名作、なんて言われると心躍りますね。まあ実際のところ、昔の名作と言われるもので、メーカーが消えていたりしたらえらい高値がついていて、どこにいっても手に入らない、なんて事態も珍しくないでしょう。DL販売で再版されたりすることもあるようですけど。永留守なんかはそうですね。良い子はヤフーでググったりしないように! ああ、そういえば「リアルな妹のいる大泉くんのばあい」ってめちゃくちゃ面白そうですね。どうにもこうにも波に乗り損ねたようです。二次元アンテナの感度が悪いんですよ、最近。良いマンガも見つからないし。絶滅したわけじゃないだろうに。二次ロリ美少女はどこですか。

 まあ、それはさておきましょう。
 こういう設定そのものもさることながら、なんといっても面白いのは、この話には攻略という攻略がないこと。じゃあ、なにやってんのというと、桂馬はひたすらゲームをしてます。最初から最後まで主人公はさほど動かない。物語としてはわりかし珍しい部類ですね。とはいえ、それでも話が成り立ってしまうから、神のみなわけです。
 神のみぞ知るセカイという世界観だと、一話につき基本はヒロイン一人で、そのヒロインのためにあらゆる舞台装置が用意されるんですよね。だからこそ、本来ただの日常であるはずのものをイベントに変えることができ、日常における出来事の収束をエンディングとして見ることができるわけですが、今回は桂馬とヒロイン間でのイベントがほぼ無い。桂馬、ヒロイン、エルシィがあるイベントに巻き込まれるという形になっています。言ってしまえば、神のみぞ知るセカイ“らしくない”展開です。
 しかし、それでも今回のヒロインにはやはりいつも通り駆け魂が宿っています。攻略をしなければならないはずなのに、桂馬はゲームをやっている。それこそ、本編に挟まれる日常エピソードのように。
 イベントと、桂馬にとっての日常。神のぞ知るセカイらしくないですが、神のみぞ知るセカイでなくては成り立たないというこの不自然すぎる自然さ。この対比には読んでいて心地よいものを覚えました。


 逆転の発想ですね。二次創作だからこそできる作品なのかもしれません。原作設定がわかる人こそ楽しめるというべきか。この調子だと、このノベライズ第三弾もあるかもしれませんね。結構楽しみ。

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