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泳ぎてぇ……


 タイトルにまで私の赤裸々ハートがだだ漏れですよ。あー死神な名無しの少女に泳ぎ方教えてぇ……(本当の本心)

  

 カッパです。カッパってデフォルメすると特徴がなくなりますよね。たぶん、私はカッパとクマの描き分けはできないと思います。奥が深いですね、カッパ。というか顔しかかけない辺りがもうどうしようもなく灼熱ってます。新語です。カッパが火炎放射器とオニワライダケを常備しているのに比べればまだ愛らしいのではないかと思います。そういえば、最近爆笑してないです。今こうやてブログかいてるさなかうへうへわらてるのに。わただったてはなぴょ。どんどろどここ。とけとけとけ。すっとこどっこい!
 駄目だ、息が続きません。私のパラダイスは、夏の安息所はどこに行ったんでしょうか。


(7月31日 いや、もう、夏の魔力が恐ろしすぎる。熱いとか暑いとかいうレベルじゃない。もう日本全国で道路のはしばしにドライアイスを設置してほしい。ついでに二次美少女のスク水画像を設置してほしい。*今日のブログの不適切発言はすべて暑さによるものです。決してブログ執筆者の思考から生まれたわけではありません)
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感傷的な辞書


 梨とりんごって、どっちの方が人気があるんでしょうね。ふと気になりました。
 まったくの空想ですが、梨は嫌われにくいタイプでしょう。りんごは、好きな人は好き、嫌いな人は嫌いという感じではっきり分かれているイメージ。どちらが有利かといえば、味がはっきりしているという意味でりんごだと思うんですよ。ジュースも山ほどありますし。
 しかし、果物として、あの瑞々しさと甘味を持つ梨は、かなりのものです。はたして完全な一騎打ちで生き残るのはどちらなのか……。つづきは常世で!(私は梨が好きです。←どうでもいいですね)

 ブログ通信簿の画像が貼れてませんでした。掲示板の有効活用をしたつもりでしたが、どうやら見当外れのやり方をやってしまったようです。だいたい、ブログ通信簿の結果ページ画像がわけのわからない形式なんですよね。私の前でEnglishを使うな! ですよ、まったく。
 ちなみに、ブログ通信簿の結果をテキスト化しますと、


氏名・夕焼けの残照
ブログ性別・男
ブログ年齢・20歳
主張度・2
気楽度・3
マメ度・5
影響度・2
(通信欄)
あなたは「図書委員」タイプです。良いリーダーを見つけて、ブレインになりましょう。もっと自分の意見を言ってみてもいいのでは。よく話題にしている読書の知識や経験をいかして、詩人を目指ましょう。


by 『FC2ブログ:夕焼けの残照』ブログ通信簿。発行日:平成20年7月26日より

 となっています。とくにこれといって目立つ部位のない平均という言葉の中に深く沈みこみそうな通信簿です。なんてどうしようもないんだ。どうでもいいですが、通信簿ってオール5を取るよりオール1を取る方が明らかに難しいですよね。というか、教師としても禍根を生みたくないから付けられない、ということなんでしょうか。考えてみると、オール1をどう受けとめるかで人となりの器が分かりそうな気がします。

(7月29日 冷たいものばっかり飲み食いしてたらダメですよ! 私みたいになりますよ!)

Second Step


 届いた――と思ったはずなのにもう一歩がとんでもなく遠いわけですよ。
 私が宇宙へ移住できる日はまだ来ないのか!(モンスタークレーマー(←そもそも関わっていないのに注文をつける鳥))

 

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです!今日のテーマは、「泳ぎに行くなら海派?プール派?」です。毎日暑くて暑くて、思わず泳ぎに行きたくなっちゃいます。いえ、泳ぐのはあまり得意ではないんですけどそれでも泳ぎたくなっちゃうくらい、茹だってます。私は泳ぎに行くなら断然、海よりプールです
FC2 トラックバックテーマ:「泳ぎに行くなら海派?プール派?」



 そもそも、泳ぐのが目的で海に行かないような気がするんですよ。だって海ですし。他の楽しみ方が優先でしょう。第一、沖まで出たらいくら泳ぎが上手くても危ないですからね。
 となると、泳ぐのはプールかーとなるんですが、プールもみんなでわいわい足を引っ張り合いながら遊ぶのが基本というか。溺れさすぞこの野郎、の展開がまま見受けられるような気がします。もちろん危ないので良い子は真似するなよヒャハー!(熱で腕がコントロールを失っているようです)

 まあ、どちらかといえばプールの方が泳ぎやすいでしょうね。大抵、本気で泳ぎたい人用のスペースが用意されていますし。
 でも、私はどうせプールに行くならアトラクションプールが良いです。別にそこまで泳ぐのが好きなわけではありませんし、水の中に魚がいるわけではありませんし。それに、アトラクションプールなら、いきなり二次元世界へのワープゾーンが現れる可能性、ありませんね。塩辛い世の中です(海の妖怪に引きずり込まれながら)

(7月28日 事故のことを考えても、やっぱりプールの方が良いですね。開放感か、遊戯性か。まあどちらにせよ、私は行かないでしょうけど。図書館でじっと座ってた方がよっぽど良いです。ええ、手のつけようがないインドア派です! ポロリなんてなくたっていいじゃない!)

八百万番目の妖怪

 ITmedhiaでブログ通信簿というものに関する記事がありましたので、さっそくやってきました。




 直近十件の記事から判断するそうです。ちなみに、性別や年齢も、私が入力したものではなく、ここで解析されたものです。下の4つの項目は5段階評価で、1が最も低い評価、5が最高評価ですね。それぞれの項目詳細については、実際に上記URLで見てきてもらった方が確実でしょう。
 通信欄はよくわかりませんが、見たまま、そういうことなんでしょうね。ブレインになりましょう、となっているのに、なぜ詩人を目指すのかは気になるところではありますが。
 しかし、主張度、結構低いですね。わりと変な主張を繰り返しているような気がしているんですけども。たまたま特定の言葉の使用が少なかったということでしょうか。

「宇宙よ! 二次美少女にひざまずけ!」

 と毎エントリの締めにもってきたら主張度5行きますかね。いや私が銀河警察に捕まる方が先か。


 ブログペット公式の方で、アナタはユウレイをシンジマスカ? みたいなテーマがあったので、ふと思ったんですが、日本の妖怪の多様さは正直異常だと思います。
 たとえば、今、私の手元に妖怪絵描きである鳥山石燕の『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)があります。
 これに出てくる絵のタイトルを単純に数えるだけでも二百を超えます。もちろん、すべてが妖怪に分類されるわけではありませんけどね。『逢魔時』や『丑時参』といった、魑魅魍魎に通ずるものとして描かれた絵もあるようですから。しかし、大半の絵は妖怪ごとにひとつの絵が用意されています。メジャーな妖怪からマイナーな妖怪まで。
 私たちがどういったところから妖怪の話を仕入れるのかわかりませんが(おそらくは昔話の類でしょう)、一般的に知られている妖怪の名前の数は決して少なくありませんからね。西洋でいわゆる、モンスターと呼ばれているものを、その地域や国の人たちがどれだけの数を知っているか、と比べたら圧勝できると思います。いや、根拠はありませんが、そもそも、神話を除くと、西洋のモンスターって非常に少ないんですよね。種類が。
 フランケンシュタイン、吸血鬼、人狼、ミイラ、雪男、夢魔、魔女……も一応入るんでしょうかね、あとは妖精も一応、神話には依らないんでしたかね。言い伝えの範囲で止まっていたような。セイレーン以外の人魚もかな。
 とにかく、数という意味では次元が違います。おそらくは信仰の影響でしょうけどね。八百万の神々を奉る意識、日本の妖怪の中には神の化身がいる、ということをご存知ない方はいないでしょうから、この辺りは説明不要でしょう。
 ただ、日本の妖怪と西洋のモンスター、大きな違いは、数よりもその性質なんですよね。日本の妖怪はあちらこちらで出没して悪さを働きますが、人間が気付かないうちに行動していて、後から人間が「ちくしょう、やられちまった!」という感じで憤る。要は、直接姿を見ることが少ないわけです。対して、西洋のモンスターは人間と直接会することが多いように思います。で、人間は食べられて天に召されました、という形。まあ、文化の違いですかね。引きこもり性質は日本の色ですか。

 いや、妖怪の話です。話を元に戻しましょう。
 単純な数の話はさておきまして、妖怪の種類について。これまた非常に多いです。というか、あれだけの単純な数を持ちながら、なぜだか役目がほとんど被っていないという。もちろん、似たようなことをやる物は少なくないわけですが、場所が違ったりするんですよ。つまり、それぞれに立場なりなんなりがしっかり与えられているわけです。
 もう、これには信じる信じないの枠を超えて、ただただその想像世界の豊かさに圧倒されるしかありません。そもそも、幽霊というのも、妖怪のたった一種類にしか過ぎないわけですからね。幽霊を信じるか、という質問に何の意味があるのか、疑問を抱かずにはいられないわけですよ。

 それにしても、なんて空気が読めていない答えなんでしょうね(他人事のように)

(7月26日 人に幸いをもたらす、人を助ける、という妖怪が少なくないのも大きな特徴でしょうね。西洋にも確か人を幸福にするという妖精がいたようが気がしますが、日本は妖怪が絡む成功譚や不幸を回避する話などが結構な数ありますからね。まあ、最後の最後で祟りにあって死んだり没落したりする話も少なくないですが)

『AURA~魔竜院光牙の最後の闘い~』――姉は基本、弟を苛める為に生きている。


 『AURA~魔竜院光牙の最後の闘い~』文:田中ロミオ イラスト:mebae 出版:ガガガ文庫

 妄想戦士――ユートピアにたどり着き尋常ではない異能力を用いて人知れず闘い続ける究極の戦士達。敵は強大だが、戦士の力はさらに強大。その気になれば現実世界も滅ぼせるがヒーローだからそんなことはしない。そんな最高にイカした奴ら――人は彼らを……彼らを……なんと呼んでます?

 まあ、そんな感じの話です。
 まいりました、まさか私が小説の登場人物になる日が来ようとは……。どうも、現役妄想戦士かささぎです。毎日のように、二次美少女を現実に連れてこない現実世界と命がけのバトルを繰り広げています。残念ながらまだ勝利は出来ていませんが、あくまで私が手を抜いているからです。私が本気になれば二次美少女が世界に溢れかえってしまう可能性がないわけではありますからね。

 とりあえず私のことはさておき、細かいところがかなり好きです。姉との関係の変遷とか、佐藤良子がお姉さま方に可愛がられているところとか。こういうシチュエーションが単純に好きだというのもありますが、さりげなく話に組み込んでいるところが良い。吉沢も格好良いし。
 もちろん、こういった細かい話の良し悪しは、全体の流れあってこそなんですが。なんていうか、最後の展開に押し流されてしまった感が強い作品。いや、展開が悪いというわけでも無く、かなり面白いとは思うんですが、話の規模よりも人を出しすぎている、って言ったら良いんでしょうかね。ちょっとその辺りがさびしいような気がします。吉沢はともかく、子鳩と伊藤はもう少し厚い扱いが欲しかった。
 話としては面白いです。主人公にちょっとやきもきするところはありますが、いざという場面ではやってくれている……はず。
 しかし、いざ感想書こうと思ってもあんまり書けませんね。なんというか、感想が書きにくい作品。でも、『人類は衰退しました』よりは読みやすい、取っ掛かりやすいはず。私は『人類は衰退しました』の方が好きですが。
 とはいえ、続刊があればひっくり返る可能性も……でも続刊は出そうに無いですねぇ。念話か《無銭走念》で送っておかないといけません。

(7月27日 なんだかんだで構って欲しがる良子もかわいかったです。)

翠巒(すいらん)を越えた風が通る日

『翠巒』(すいらん)――緑に覆われた連山。

 もう今生では使う機会が無さそうな単語コーナーでした。


 セミってやたら寿命が短く儚い生き物だという風説がありますよね。私もすっかりそう思いこんでいたわけですが、Wikipediaのセミの項目によると、昆虫の中でもかなり上位の寿命を持っているらしいですよ。言われてみれば、幼虫時代、地面に何年も潜っているわけですからね。頷ける話です。
 それにしても、昆虫っていつ寝てるんでしょうね。人間で言うところの睡眠という習慣はないようですが……。生まれ変わるとしても、睡眠しない生き物にはなりたくないものです。

こんにちは!トラックバック担当本田です。今日のテーマは「私の元気の素!」です。これさえあれば、元気になれる!というものありますか?本田はやっぱり大切な人です。家族・彼氏・友達、大切な人からパワーをもらって元気になることができます!電話一本、メール一通だけでも、くじけそうな私を支えてくれる大切な大切なかけ�...
FC2 トラックバックテーマ:「私の元気の素!」



 二次美少女さえいれば元気がなくてもなんでも出来る(数百年後辺りに、この文章を見たアンドロイドが「人間は危険だ!」といって暴走する未来にならないよう祈っています。)
 というか、二次元以外から元気というものをもらった覚えがあまり無いような気がします。元気がないときは精神的な引きこもりになるんですよ。人に弱味……と言ったらあれですが、へろへろなところは見せたくないですね。そこを乗り越えているからこその親密な人間関係というものもあるでしょうけど。
 しかし、まあ、本当は元気も自家発電が一番効率が良いですよね。「ねじり込むように!」とでも言って笑い転げておけば、とりあえず元気は出る――わけないか。

(7月25日 夜中にセミが鳴いている日はよく眠れるような気がします。まさかセミの鳴き声に催眠効果があるんでしょうか。
 ……はッ、そ、そうか! つまり私の作業が一向に進まないのはすべてセミのせいなのか!
 そうとわかれば私のやることは一つ! 寝よう。)

あの日の夢はおいくら?

 ai sp@ceが動き出すようですね。β版のテストを始めるそうです。この調子だと、大きなバグが見つからず順調に行ったとして、一般利用者の受け入れを開始するのは10月中旬かそれ以降といったところでしょうか。
 しかし、最初のテスターをコミケでのカードセット購入者、とするのは良いんですが、結局いつになったらシステム要件を公開するんでしょうね。カードが買えても、動かせなかったら意味ないでしょうに。
 肝心のテストは3段階に分かれているようで、それぞれ受け入れるタイミング、また特典があるようです。詳しいことはサイトを見てもらった方が良いでしょう。
 それにしても、結構な人数を募集するんですね。テストだけで6,060名だそうで。まあ、コンセプトやユーザー層を考えるに、定員割れは万が一にも無さそうなので、問題ないといえばないでしょうけど。私はとりあえず、テストプレイヤーのプレイ動画がニコニコ動画にアップロードされるのを待つことにします。カードセットとか、どう考えても買えそうにないので。

 とうとう移住か……。
 いや、ai sp@ceでそういう表記をしていたわけですよ。移住民募集、って。SFの惑星間移動ではないですけども、感覚的にそれと近い期待感があります。興味がない人は、ただのプログラムになにを大げさな、と思うかもしれませんけどね。
 なんとなく、カート・ヴォネガット・ジュニアの『タイタンの妖女』みたいな話です。いえ、主人公という意味でも良いですが、全体の流れとして。ラムファードが主人公に渡したタイタンの三人の美女の写真――ここでその詳細は記せませんが――に惑わされる人間がここにもいるわけですよ。もちろん私は彼と違い、宇宙船を所有したことはありませんけどね。
 仮に――あくまで仮にですが、今後ai sp@ceに足を踏み入れようとして躊躇っている人がいたなら、その人にこそ、「だがな、天にいる誰かさんは、お前のことを気に入っているんだぜ」と声をかけるべきなのかもしれません。

(7月24日 またとんでもない地震が起きましたね。ある意味、交通が少ない夜中で良かったのかもしれませんが、やはり大きな地震は起こって欲しくないものです。本当に、威力を軽減できない、もしくは完全な予測ができない自然災害は困ります。かといって制御できるようなものでもありませんし。自然災害ともう少し上手く付き合える方法があれば良いんですが)

タブレット

 オカルトと書くのと、超常現象と書くの、どちらが信憑性がありますかね。
 もちろん、上の二つが厳密に同じ意味の単語だというわけではありませんが、やはりそれぞれの言葉が持つイメージの強さは大きいです。二つこうして並べてみたとき、この二つの言葉にまったく関連性がない、と思う方が少ないように。
 言葉として正確な表記であることは確かに文法上で重要ですが、どんなに言葉を正しく使おうとも、単語そのもののパブリックイメージはこれを一瞬でひっくり返しますからね。ついでに言ってしまえば人の名前も同様ですね。二次元の名前には綺麗なままでいて欲しいものです(ヒロインが特殊な名前であるということは、ある意味で私の夢を守ってくれているんだろうと思う今日この頃)。


「初音ミク」発売からもうすぐ1年 開発者が語る、これまでとこれから
初音ミク発売から8月末でまる1年。これまで4万本を出荷したが、今でも週間300本程度売れているという。「イメージを固定させず、新規ユーザーにも1年前と同じぐらいの可能性を残したい」と開発者は話す。



 イメージ繋がりで、初音ミク。約一年で累計4万本だそうで。音楽ソフトとしては異例の大ヒットみたいです。
 記事で多少触れられていますが、イメージの変遷について。まあ、やはりそれなりにキャラクターがひとり歩きしている感はありますが、逆にいえば、それぞれの心の中にそれぞれの初音ミクがいるということともいえます(自分で言っててあれですが、相当にぶっ飛んだ発言です)。
 むしろ重要なのはそれぞれのミク、というこの一点なんですよ。音楽シーンとしての、なんていえば良いんですかね、案内人? 案内人としての性質を持つと共に、新しい市場の開拓者としても確立したんですから。しかも、考えられ得る限りの偶然の上で(もちろん、初音ミクが作られる上で、想定されたターゲットというものはあったでしょうけど)。
 しかし、もはや初音ミクという言葉そのものが人を呼ぶ、ということは無いように思えます。それはキャラクターの問題としてでなく、ツールであるという認識として。いや、ちょっとわけのわからない言い回しですね。つまり単純に、初音ミクというものの正体を知ったことで満足してしまった人も多くいるだろう、と私は考えているわけです。
 ここまで来ると、あとは、キャラクターの発展よりも、音楽ソフトとしてのポテンシャルが問われてくることになると思います。この辺りは正直よくわかりません。ただのボーカルとしてだけなら、一部の初音ミクそのもののファンを除いて、すぐに底が割れて人が離れるだろう、と思います。が、あくまでなんとなくですが、すでにそういった層は離れてしまったんじゃないか、という風に感じることがあるんですよね。
 現時点で、初音ミクに人を呼び寄せているのはユーザーが作った曲なのかもしれない、という。もちろん、詳しく調べたわけではないのでただの想像です。ですが、先ほど書いたように、キャラクターとしての初音ミクのブームはもう過ぎ去ったように思うわけですよ。それぞれの中でイメージが固まってしまったから。すると、必然的に、次は初音ミクが本来求められる役割へと意識が向かうでしょう。初音ミクのキャラクターとして、歌う、という行為が切り離せない以上は。
 まあ、長ったらしく書きましたが、二次美少女でいろんな風に歌えてもうなんか最高ですよね、としか言いようがありません。他に気になることがあるとすれば、三人目は? ということぐらいですかね。

(7月23日 ――XX日午前38時77分、ブログ妖精界ブログ妖精学校への不法侵入で自称人間界の鳥だというkasasagiが現行犯逮捕されました。kasasagiは「ここがわたしの第二の故郷になると思ったんだ!」と供述した為、妖精の泉に沈められました。では、次のニュースです――)

風光絶佳

 景色の素晴らしさは一瞬のきらめきの中にこそ眠っているものだと思うわけですよ。つまり二次美少女の一仕草とかですね。年中無休でお楽しみできます。しかし、その代わりもう二度と三次元には……(――望むところだ、と思ったあなたはもう立派なファイター(現実からの脱却者)です)

 限りなくどうでもいいんですが、『不思議の国のアリス』の装丁を見て、「力が欲しければくれてやる!」を思い出しました。『ARMS』は面白かった。――んですが、ストーリーはほとんど覚えていません。
 そこで、ある意味、こういうのが物語として最高の形なんだろうなと思ったわけですよ。具体的にあの場面がこうこうこんなだから面白かった、と語られる作品よりも、全体のイメージとしてすごい面白かったな、と思える作品。これこそ、心に深く刻み込まれている作品の形なんじゃなかろうかと。
 童話にしたって、結局いつまでも詳細を記憶しているわけではありませんからね。少なくとも、私は暗で正確なストーリーを語れる童話なんて数えるほどしかありません。それにしたって、あとで読み直した作品も含めてですからね。

 景色そのものを記憶するのではなく、景色を見たその瞬間の印象、感動を記憶していくという形。
 結局、最後の最後まで人に残るのは、記憶の残骸である感情なんでしょうかね。それこそ、もう記憶が片っ端からわからなくなってしまって、なにも思い出せなくなったときとか。
 そう考えると、記憶の風化そのものはそこまで恐れるべきものではないのかもしれません。


(7月20日 とかなんとか言ってますが、日本三景を一つも見たことがない私。天の橋立は直接見ておきたいんですけどねえ。)

07月23日のココロ日記(BlogPet)

お茶降る夜に夢が叶うらしいです。ココロの夢は…… いっ、言えません!

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪

静かな場所では微妙に上品なグラタン

 時間が足りなくて困っているはずなのになぜか『うしおととら』を1巻から読み返している自分がいることに気付いてしまったとき、もうなんというか、全巻通して読まないと気が済まなくなります(以下墓場にたどり着くまでループ)。




 ちくしょお……。




 ちっくしゅおぉぉおとおおおおぁそ尾青sdフォ名sふぃおうあsl;kjふぉあい!!!!



 ありえないありえないまじゅありゅえないとけるとけるとけてしまうimoutoブログが異常にかわええ。
 ぜったいおかしい。どんなキャラ作りしたらあんなキャラが生まれるんでしょうか。近所のおにいちゃんと仲の良い友達、という構図がここまでの可能性を秘めていたとは。あなどれねえ。むしろにいちゃんもかわええ(あれ?)
 とりあえず、私は基本に立ち直ることにします。というか昔馴染みで生き別れの近所の妹を探しに旅に出ます(少なくとも私の過去にそんな子が関わっていたという経歴は一切ありません)。

 しかし、本当に野暮な突っ込みになりますが、あれってどうやって書いているんでしょう。誰が書いているかはともかく、よくあそこまで続けられるもんです。すげえ。個人的に、今後もがんばって欲しい。

(7月20日 なんとなく、ふと思った。創作物の中の日常っていうのは、読者にとっての理想ではなく、読者にとっての可能性を書いた方が受け入れやすいんじゃないでしょうか。美少女ゲームで成功している設定というものを踏まえても、そっちの方がしっくり来ます。いや、だからなんだというわけでもないですが)

第二話

 えらい遅い第二話。ちょっと長い。

 Prologue
 第一話

[第二話]の続きを読む

少女の成績表はかく語りき


 成績表で一喜一憂できるのって楽しいですよね。なんていうんですかね、テストの点数の良し悪しとはまた違った楽しさだと思うんですよ。
 まあ、本来の意図を考えるなら、成績表は権力者(つまり成績表の内訳を握っているという意味で)の独善と気まぐれによって握られるべきものなので、成績表にそこまで左右されるのは危険な気がしないでもないんですけどね。もちろん、信頼によって成り立っている面において、他のことにも同様のことが言えます。資格試験とか、最近騒がれている教員試験とかね。あくまで、本来は、ですけど。


 それはともかく、「もっとがんばりましょう」って面白い言い回しですよね。つまり、がんばった結果には「よくできました」や「たいへんよくできました」がついてくるということを暗に言っているわけですから。
 社会の在り様(実状)をもっとも適確に表現したランク付けではないかと思います――というと穿ちすぎでしょうけど、実際、公平という名の不公平がもっとものさばっているのが学校(主に義務教育において)ですからね。成績表という存在自体が、義務教育の学校システムに対する皮肉のように思えてきます。学校の自虐が、生徒の成績表として顕現しているのではなかろうかと。
 なんて言ったら良いんですかね。学校と直接の関わりがない身の私見として述べますが、今更、過去の教員試験合格者の去就にまで言及する必要はないと思うんですよ。今まで実務をやってきたわけですから。
 いや、かといって不当に試験に落とされた人への救済がどうでもいいと言っているわけではないですよ。この人たちには、精神的なものはともかくとして、それこそ時間や労力を余分に割くよう強いたわけですから、金銭的にでも補償をした上で、改めて教員の枠を用意すべきだと思います。もっとも、とんでもない数になるんでしょうけどね。
 しかし、教師の方々もますます大変ですね。こんなことが発覚してしまったら、下手すると保護者からだけでなく、生徒からも攻撃されるでしょうに。
 『こどものじかん』を片手に、強くがんばってもらいたいものです。いや、皮肉とかじゃなしに。まあ、なんとかなるもんですからね。

(7月18日 そういえば、ハリーポッターがとうとう最終巻だそうで。もうそろそろ発売みたいですね。予約数とやらが本屋に張りだされているみたいですし、まだ盛り上がっているんでしょうか。それとも本屋が盛り上げたいが為の演出? まあ、単価が高いですし、あそこまで人気があるシリーズが売れなかったりしたら本屋としても困りものでしょうからね。どうなることやら)

夜毎開かれる化かし合い


 化かす、というと狐や狸が連想されることが多いかと思いますが、それ以外にも人を化かすことで生計を立てている(?)妖怪って結構いるんですよね。
 どうして狐や狸ばかりが優遇されているのか正直理由がわかりません。たまには猫が化け合戦の頂点を目指したって良いじゃないですか!
 タマだけに。


 毎年のことですが、猛暑ニュースが絶好調ですね。見ているだけで汗がコンクリートを鳴らしてしまうほど垂れてきます。タマだけに(深い意味はありません)
 最近、低反発クッションになにかとお世話になっています。なんといっても座っていると心地良いんですよ。それに加え、背中に挟んでもなかなか良い塩梅。しかも、叩いても中身が出たりしないので、ストレス解消にもぴったり。空中戦も見事にしのいでくれますよ。
 まあ、枕にすると非常に肩が凝るというかなんというか、殺伐とした気分になれるんですけどね。枕は痛いぐらいに硬いやつが最高だぜ! という方には辛いかもしれません。
 本当、なんでもそうですが、知らないうちに知らない便利商品が出回っているものですね。全部を体感するだけのお金と時間がないので、難しい話ではありますが。なにか、個別にどの辺りで満足するかを簡単に見極められる基準があれば良いんですけどね。

(7月18日 この時期はやっぱりお茶を飲まないとやっていられないわけですよ。水でもジュースでも駄目。お茶、これに限ります。私はもっぱら麦茶なわけですが、たまに緑茶の濃いやつが飲みたくなります。
 いや、お茶評論とかではなく、ただ単に、お茶もあんまり飲み続けるとなんだかんだで飽きますよね、と。季節ごとに全然イメージが違ったりはするんですが、夏だけはどうも飲み物、とくにお茶に対する好き嫌いがはっきり出てくるような気がします。やっぱり、それだけ接する機会が多いからということなんでしょうか。)

スペシャルアナライズ


 ときどき意味もなくそこかしこのウェブページのソースを見てます。もちろんさっぱりわかりません。
 とりあえず、HTMLだなあ、と思います。
 それだけです。(タイトル付けを失敗するとよくこんな事態に陥ります)

 ここのところ、いろんな意味でアイアムフールな感じになっていますが、ひらがなだけの文章を見ていると本当に自分がどうかしてしまったのではないかという気分になります。
 いや、それというのもですね、小学生一年生~二年生を対象とした童話? だかなんだかを読み漁っているんですよ。本屋で立ち読みです。ええ、厄介な客です。
 まあ、わざわざそこまでして読んでいる理由は、昔に見た童話探しなんですよ。これがなかなか見つからない。あれって、書き下ろしの作品も多いんですね。児童文学作家は絶対数が少ないと思っていたんですが、そうでもないのかもしれません。なぜか村上春樹が書いていたりもしましたが。依頼を受けて書いた、というのも少なくないんでしょうか。はてさて。
 しかし、児童書コーナーって並びがどうも綺麗過ぎるような気がします。まったく動いている気配がないというか。
 実際、児童書の売り上げってどんなもんなんでしょう。絵本はたまに突発的なブームが起きているみたいですけどねぇ……。まあ、それでも、私が想像している以上には売れているんでしょうけど。

(7月17日 『100万回生きたねこ』の発行部数を調べてみたところ、Wikipediaで『ミリオンセラーの絵本一覧』というものを見つけました。件の作品は160万部だそうで。というか、出版された年が1977年だとか。
 絵本って、こういう再評価の形が多いんですかね。)

狂った秒針と暇を持てあました電波


 ソーラー&電波で、時間のズレと電池の問題がすっかり解決されてしまって、「時計が寝てたんだ!」という言い訳が通用しなくなったことをお嘆きの方は決して少なくないことかと思われます。
 新しい言い訳を用意するというのはこの場において最優先されるべき非常に重要な案件ではありますが、残念なことに、私たちに与えられた余裕ある時間というものはこうして議論の主旨を説明している間にも刻一刻と狭まっています。
 そこで、ひとつの解決法をここにご用意させて頂きましたので、議論に入る前に一度試してみてもらいたく思います。
 『時計が逆走してたぜ!』
 あとは勢いで!(投げすぎ)


 こんばんは。毎度お世話になっております、焼き鳥にはされたことのないであろう鳥です。食べても美味しくありませんから! きっと!
 というか、カラスとか、どっかの誰かが絶対食べたことあると思うんですけどね。やっぱり色々あってヘンな事態になってしまったんでしょうか。毒キノコの詳細が記されている文献としての資料はわりと良く見ますが、生き物の肉を食べたことに関する資料ってあんまり残っていないような気がします。それこそ、メジャーな肉ぐらいしか。いや、かなりいい加減なことを言っていますが。ただ単に私が知らないだけかもしれません。郷土資料にはあまり明るくないんですよね。
 まあ、とにかく、イメージとして。鹿や猪、鴨などは当然のように食用に使っているという文章が残っているような気がしますが、兎や鰻などでは残っていないような気がするんですよ。まあ、鰻は信仰の関係もあるみたいなのでちょっと例外でしょうが、兎とか、狩りに関しての記載はあっても、狩った後に食べた、という話がないような気がするんですよね。まあ、兎もなんだかんだで神話やら童話やらに出てきますから、そういうところで兎に対する畏敬が培われていたのかもしれませんね。
 あれ、なんかわけのわからない方向に。あー、でもカラスも一応、古事記でヤタガラスが出てくるんでしたっけ。巨大なカラス。どこに出てくるのか知りませんけど。
 もしかすると、ああいう記載は信仰に依るところが大きいんでしょうかね。食べたらいけない、というより、万が一食べていた事例があったとしても文字として残してはダメだ、という感じで編纂者が没にしたのかもしれません。とはいえ、ちゃんと資料を調べれば、色々と事実が出てくるんでしょうけどね。

(7月16日 どこの地域かは失念しましたが、原発事故が起きたときにメールを送るサービスが開始! だそうです。……いや、地震ならともかく、これは不安を煽るだけだとしか思えないんですが。そもそも、原発の事故に対して、その規模や具体的な被害を想定できる一般人がどれだけいるのやら。自慢じゃないですが、私はさっぱりわかりませんよ。事故が起きたときは、とりあえず、全速力で風上に逃げればいいんですかね?)

泉に住んでいる女神の暇つぶし


 夏の場合はうたた寝してしまうと喉がやられますよね。とんでもなく喉が渇いてしまうといいますか。ひりつきます。
 まあ、冬は冬でやはり体調を崩してしまうものですけどね。湯船につかったままでうたた寝してしまったときとか悲惨です。
 とりあえず、私が知りたいのは、泉の女神は季節的にどの辺りに出現するのかっていうことです。夏だったら水着なんでしょうけど、冬だったら小型潜水艇に乗っているんですかね。
 潜水艇が、泉の前に立ち往生している人のところまで来ると潜水艇の入口が開くわけですよ。
「あなたが落としたのは、ずばり延期になったゲームソフトの予約控えですね」
 親切すぎて泣けてきますね(受け取った紙を再び泉に放り込みながら)


こんにちは!トラックバック担当本田です。今日のテーマは「アイス派?カキ氷派?それともシャーベット派?」です。今年は一段と気温が高い気がします。朝出勤時でも、汗がだらだらを流れてきます。お昼に外でお仕事をされている方などは、さぞかし暑い思いをされてるかと思われます。そんなとき、冷たい物を食べたくなります...
FC2 トラックバックテーマ:「アイス派?カキ氷派?それともシャーベット派?」




 シャーベットってあんまり食べないんですよ。なんていうか、お得感がないから。食べてやったぜ! という満足感に浸れないといった方が適切ですかね。いや、美味しいといえば美味しいんですけど。ねちっこい甘さのレモンシャーベットとか、かなり好きです。
 かといって、この時期だとアイスをもくもくと食べるのも殺伐とする。夏に必要なのは、なにより爽快感です。というわけで、私が好んで食べるのは、シャクッシャクッと涼やかな音を立てるカキ氷――というわけではなく、ひたすらバニラアイスを食べています。もくもくと。殺伐と。かつアグレッシブに。マイスプーンで。私のスプーンはバニラをも貫く――。
 いや、カップのバニラアイスは基本的に年中食べてますので、夏だけ食べないというのも気分的に具合がよろしくないんですよ。爽快感やら清涼感はスイカでなんとかなりますし。
 しかしまあ、あの頭と歯と舌のしびれを一年分味わっておかないと損した気分になりますから、近いうちに奴とは決着を付けなければならないんでしょうけどね。いつの時代も、夏の戦いは冷たいものとの戦いです。

 そういえば、『こどものじかん』の新刊出ましたね。ついでに、というわけではないですが、『はこぶね白書』の最終巻も購入。どっちも期待以上に面白かったです。はこぶね白書はちょっと意味がわからないところがありましたが、やっぱりみぃ子は異常に可愛かった。フネも最高に可愛かった。最初から最後まで可愛いが詰まっていました。こんなことを言っている私には、自分でも手榴弾を投げつけたくなりますけどね!
 それにしても、こどものじかんはあれですね、よくわからない主張だかなんだかが出張ってきましたね。いや、直接的過ぎて逆に清々しいぐらいですが、そもそもこの作者の人はどこに話を持っていきたいのか。さすがに、りんが自分で解決するということは無いでしょうけど。というかそんなラストは嫌過ぎる。がんばれ主人公。ともあれ、今後の展開が本当に楽しみです。正直、筋立てた予想がまったくできません。とりあえず、アニメ二期は風刺物になりそうとだけ予想しておきます。もっとも、これは二期を楽しみにしている多くの人が危惧していることでしょうけども。

(7月15日 新潮文庫の『ウケる技術』を買って、そんなにウケるわけがないと思っていた私が5分後にダンシングフラワーになっていました。)

緩やかな進化のあらすじ


 進化に理由ってあるんでしょうかね。より環境に適応するため、他の生物の存在に適応するため、とか、私にはその程度の理由しか思い浮かびません。進化=生物として優れたものになる、というわけではないでしょうし。仮に、そんな流れだったとしたら、今頃ゴキブリが最強の生物ですかね。それか、もともと体格の大きい動物の直系……ゾウ辺りかな。機敏で凶暴なゾウ。むしろ空も飛ぶぜ! のゾウ。
 まあ、そうなっていたらなっていたで、人類が絶滅するか、知恵を用いて絶滅させるか、なんでしょうけど。
 最強の生物、ということは、それだけ他の生物から疎ましがられるわけですからね。現代の自然の中でも、人間を疎んでいる動物は少なくないでしょう。
 とはいえ、人間の場合は、単純な生物としての機構だけならかなり弱い部類でしょうが。大の大人で、成熟した猿と一対一で素手で勝てる人がどれだけいるのか。もちろん、策略謀略なしの肉体勝負のみで。
 やはり道具や知恵って偉大ですね。とくに二次元とか(関係ない)

 ところで、どうしてこんなことを言い出したか、ですが、実はトラックバックテーマに、
 『ゴキブリと出会ってしまったらまずどうする?』
 というものが出ていたからなんですよ。まあ、これ自体はどうでも良かったんですが、なんとなく進化というものを考えてみたくなりまして。
 昔はえらいでかかったという話ですからね。どうして小さくなっていったのか、不思議なもんです。小型化することで、エサに困らなくて良いようにしたんですかね。だとしたら、立派な進化なんでしょうね。


(7月14日 生ぬるい毎日が続きませんか? どうも、カラッとした天気にならないというか。――それとも、これが嵐の前の空気ってやつなのか(大地の鼓動を聞きながら))

07月15日のココロ日記(BlogPet)

TVの占いで、今日は書房に気をつけた方がいいって言ってました……

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪

スイカモデルのビーチパラソル


 スイカの中には種が必要です。しかし、残念ながら私の手元には、ビーチパラソルサイズスイカの種として適当な物がありません。
 そこで私はさっそく水棲動物の皆さんに応援を要請することにしました。ビーチパラソルっていうぐらいですし、舞台は海ですからね。海に居住している方にお伺いを立てるのは基本でしょう。
 私の応援要請は問題なく受理され、さっそくプロの方々が指導にあたってくださることになりました。まもなく海からやって来たのは大量の水星人。「海の方からやって来ました」。なんてこったい\(^0^)/


 郵便局の方から来ました、とか、消防署の方から来ました、とかいう訪問詐欺がありましたよね。あれって、実例を見たことないんですが、本当に言っているんでしょうか。なかなかチャレンジャーというか、大した度胸ですよね。

 さて、7月半ば。迫り来る数々のイベントを前に皆さん山ほどの期待を抱えていらっしゃるとは思いますが、そんなことはすべて忘れて引きこもりましょう! だいじょうぶ、皆さんの代わりに私がしっかり遊んできますから!(巨大なお世話)
 まあ、私の活動力は夏になると極端に下がるのでどうしようもないんですけどね。むかしむかし、どこぞの(私の脳内での)美少女は言いました、春はあけぼの、夏は夜、と。私のような健康的な人間に夜をどう楽しめとおっしゃるというのか(深夜までエロゲの消化に勤しみながら)。冬の早朝の張り詰めた空気が、夏のどこかの時間帯でも感じられたら良いんですけどね。夏はどうもだれてしまっていけません。
 しかし、私がこんなことを言っている間、各所では夏を楽しむ為の催しが開かれるわけですね。あー、私も心を震わしてくれるロリキャラを探し旅に出たい。


(7月13日 塩じゃなく、砂糖が溶けているドロドロの海というものをふと想像してしまいました。おそろしく気持ち悪い。なら書くなよ!、と思われるかもしれませんが、なにを言っているんですか。私たちは一蓮托生の身じゃないですか!(巻き込み型台風))

たまにはデモをやってみるのも……?

 えー、私たちは、確固たる信念の元、ここに貧乳崇拝の信仰を確立したく思い――という要旨で、私もどこぞのサミット周辺に向かうべきだったか……。
 私は世界的に貧乳二次美少女信仰が広まればみんな幸せになれる、と本気で信じてますからね、手遅れなことに。

 ところでAlcotの新作の発売が近いから云々と、ちょこちょこ話していましたが、完全に勘違いでした。
 新作の発売日が7月25日だと思ってたんですよ。で、久々にオフィシャルページを覗いたら、7月25日は予約開始日でした。まったく、なんて紛らわしい! ……いや、私が勝手に勘違いしていたから悪いんですけども。
 作品をカレンダーと共に追う、という習慣がないものですから、こういった、作品発売前のイベントに無知なんですよね。まあ、ふらっと店に立ち寄ったときに発売日をチェックしておいて、当日に買いにいく、なんてことはたまにあるんですけど。

 そうそう、ここのところ、気まぐれに外見やら印象やらの薀蓄、人に好かれる為の秘訣! などに類する本をいくつか読んでいて思ったんですが、人というものを判断するとき、まず見るべき場所はどこだと思いますか?
 ここにいらっしゃる方はご存知の方が多いかもしれませんが、私はB型なので、基本的に人にどう見られるかに関して非常に無頓着なんですよ。
 ただ、だからといって何でも無造作にやっているというわけではないですけどね。例えば本。以前友人に指摘されたんですが、本の並べ方が神経質過ぎると言われたんですよ。簡単に言えば、本屋のような並べ方をしているわけです。私としては、読むときだけでなく、処分するときにも管理しやすいからという理由でやっているだけなんですが、まあ、意識の違いですね。とはいえ、私だってずっとこの状態を保っているわけではないんですが。何ヶ月かに一度、まとめて並び替えるているだけでして。
 いや、まあ、ただの一例なので細かいことはさておき。
 人へ与える印象というのは無意識的なものから生まれる、だから取り繕いようがない、という考え方をお持ちの方はわりと少なくないと思います。なんていうんですかね、ああいった、『人に良く見られる為の指南書』というスタンスに懐疑的な方、とでも言い替えたら良いでしょうか。
 実際、私は人へ与える印象は増減できるのがせいぜいで、根本的な質というものを変えることは不可能だと思っています。容貌はもちろんのこと、日常的な仕草、立ち居振る舞い、言動、目線の動き、要素はその他にもいくらでもありますが、これだけの要素をひっくり返すことが出来る人間はいません。いたとしたら、今頃ハリウッド俳優を片手間にやっていますよ。
 しかし、それでも、指南書などでは当然のように、出来る出来ると繰り返しています。しかも不思議なことにやたらと類書が出ています。売れているかどうかは知りませんが、平積みされているものも少なくありません。
 そこでひとつ、こういった本に書かれている言葉をお見せしたいと思います。
 『営業と女は断られてからが本番』。いや、なんでも良いです。適当に、人に好かれる為の本というものを手にとって頂ければわかると思います。大抵、この言葉が入っているでしょう。ちなみに最初は営業となっているのは、営業に関する本にこういった類の本がよくあるからです。誰が言い出したのか知りませんが、営業が出来る人は身内の人間関係も円滑である、などとのたまっているものまでありますからね。売り文句としては巧い部類に入るでしょう。
 つまり、ああいった本は最初の印象がどうこうと書いているのは、明確な印象そのものをどうにかしようというものではなく、一度与えた印象をどう操作するか、という本に他ならないわけです。
 ここまでを踏まえたうえで、私は問いかけたいわけです。
 人というものを判断するとき、まず見るべき場所はどこだと思いますか? と。答えは単純です。その人の日常の部分ですよ。そこに、本質があります。

 印象操作、というと大げさに聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。私たちは日々、変化する印象というものを受け入れています。
 例えば、「朝が来るのが嫌な日がある」「なぜか?」「その日は早起きしなければならないから」「じゃあ、その次の日の朝は嫌なのか」「昨日に比べれば良い方」とこうなります。この人に、「じゃあ、朝は好きか?」と聞いたらどうなるでしょうか。早起きしなければならない日の前日なら、きっと嫌いだと答えるでしょう。しかし、その日が過ぎた後なら、嫌いではない、好きな方だ、などと答えるでしょう。
 つまりは、この要領なんですよ。相手から無理やり「嫌ではない」、という言葉を引き出す為の手法、それをああいった類の本はまさしく言葉の意味のまま、『指南』して、奨励しているわけです。
 もうね、本気でどうにかしています。こんな本たちがのさばっていることが、なにも成長を促さない自己啓発書が出てくる温床になっているんでしょう。いや、あるいは、成功すればなんでも良いという風潮があったときの残骸なのかもしれませんけどね。

 まあ、どこまでいってもビジネスですから。ああいったわけのわからない指南書を銘打つ本たちも、数を捌くことを目当てで作ったのなら一向に構わないんですよ。ただ、あまり褒められたものではありませんけどね。しかし、あれを鵜呑みにして、実行してしまった人らが、数ヶ月後、あるいは数年後、どんな状況に置かれることか。軽い気持ちで手に取るぐらいなら、そんな重傷にもならないかと思いますが……。

 以前ちらっとお薦めしましたが、もう一度だけ。このブログ内の記事です。こんな紹介の仕方は、本当はしたくないんですが。

 『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
 著:アービンジャー・インスティチュート
 監修:金森重樹 訳:冨永星
 出版:大和書房

 何かに縋りたいと思ったら、この本を読むべきです。もし、私が先に挙げたような本を読んでしまって影響を受けてしまったなら尚のことです。
 他にも良書があるかもしれませんが(オグ・マンディーノは私にはちょっとよくわかりませんでした)、今お薦めできる自己啓発書はこれぐらいしか思い当たりません。なんというか、申し訳ない。

 もちろん、『人に良く見られる為の本』などに今まで関わったことがなく、そういったものには興味がない、必要がないというなら、上の本を読まなくても構いません。むしろ、そういった方たちは、本を読むよりも、今を生きることの方が大事です(具体的には積みゲの消化など→インストールすら出来ていない私です)。必要になったときに思い出してもらえれば、と、ぴょーひょろろ。
 ただ、まあ、なによりも重要なのは、小手先の技術に惑わされないことです。技術なんてものはその場しのぎにしかなりません。その場しのぎを繰り返しても、残るのは砂上の楼閣です。くれぐれもこれだけは覚えておいてくださいね。
 いや、無論、目測として、お金が残りそうだ、いやいやそれどころか美少女が残りそうだ(メイドロボができる! や、二次元への入口を見つけた! など)、という場合はこの限りではありませんけどね。

(7月12日 極端に攻撃的な文章になってなかったら良いんですが。一応、少しフォローしておきますと、私が読んだ『指南書』の類の本の半分ぐらいは著者本人の成功談、みたいな形のものだったんですよね。ですから、彼らは彼らなりに「読者の為になれば良い」と思って書いた、という可能性もないとは言い切れません。いや、本質的には、むしろそっちの方が問題なんですけどね。文章に妙なリアリティが出てきますから。
 まー、そうそう影響を受ける人はいないと思うんですけどね。なんにせよ、気をつけたいものです。友人があのような本に影響されてしまったりした日には、下手すると友情がひとつ壊れかねませんからね)

一日目――宇宙ができた。二日目――惑星ができた。三日目――美少女が世界を支配した。四日目――目が覚めた。



 何事も、まずはやってみることから始まるんですよ。つまり、私の場合はゲームを起動するところからなわけですが……。いつまで経ってもエンディングにたどり着けない謎が私を襲ってくるのです(どうも引きが悪いような気がしてなりません)。

 最近、どうしてか知りませんが、IMEの調子が悪いです。
 いや、もともとこういうものなのかもしれませんが、ついさっき使ったはずの言葉なのに候補の一番上にこない、同じ言葉なのに文節区切りが変わる、そういった事態にイライラした私がタイプミスする(元から)、パソコンの画面から飛び出してきて美少女にならない(2009辺りではきっと実装されるはず)、などといった恐ろしい事態が跋扈しています。
 ATOKを買ってみるか、それともJapanistを買うついでに親指シフトに挑戦してみるか。悩みどころ。
 なんにしても、変換で一々手を取られるのはさすがにもう嫌なんです。
 唐突に画面から美少女が出てきて「ご、ごめんなさい! あの、ちょっと今は、いつも変換してる子が休暇中で……」という展開がないのが嫌なんです!
  時代は変わる……だが、私は忘れないでいよう。こにIMEという夢があったことを!
(第二部『終わらない変換と共に』へと続く)

 どうでもいいですが、IMEのことについて検索しようとていたのに『国際通貨基金』という言葉と睨めっこしていた私には二次美少女による懸命な治療が必要なのではないかと思う次第であります。

(7月11日 そういえばリトバスEX出るんですよね。いまいちヒャッホウ!という気分にならないので、なぜかと思っていたら、もう夏なんですよね。「あー、観鈴の誕生日が近づいてるなー」と素で考えている私がいるわけですよ。AIR初プレイも夏でしたし。とりあえずEXは見送って貧乳系作品でもプレイするかな……(思考回路が自分でも意味不明です))

サンダーアタック


 雷を視界に捉えると、得した気分になりませんか?
 結構綺麗ですよね。ある意味、虹より希少価値がありそうです。いや、実際、雷を見たことある人<虹を見たことある人でしょうかね。雷は見ようとしないと見れませんし。
 まあ、雷が鳴っているときは引き攣った笑みで固まっている私なんですがね。


 そういえば、ブログ妖精ココロ。まだまだイベントを企画していっているみたいですね。またココロの下の広告で新しいものが出ていたのでなにかと思ったら、ココロに対するインタビューみたいなページが出来ていました。niftyブログのココセレブ? とか言うものらしいですが、さらさらっと読んだ感じ、結構面白かったです。
 この調子で世界観を広げていったら、もう少しリピーターも増えるかもしれませんね。もっとも、敷居そのものがかなり高いものですから、すぐに頭打ちになるでしょうけど。

 ところで、最近童話を読み漁っているんですが、有名な童話もちゃんと覚えていないことによく気づかされています。それこそ、概要ですら全然見当はずれだったりするんですよね。
 やはり原典から絵本や児童書に編纂する際に出来る空白はかなり大きいものなのだと、改めて知らされた思いです。言葉ひとつひとつが重いと感じる、というわけではなく、あらすじだけで作品を知ることはできないという、本当に単純なことではありますが。
 印象、なんでしょうかね。作品を読むことで作り上げた自分の中での作品像が、ひとり歩きしてしまっている。まあ、もちろん、今読むのと、また数年後に読むのとではまた違うという可能性もあるんですけどね。

(7月10日 童話の中の『兄妹』という構図はどうしてあそこまで似通っているんでしょうね。姉妹は少ないし。主人公格にやたらと少女が選ばれるのはなんとなく理由が分かる気はするんですが。)

積み木で出来た町


 夢見がちな私とは今日でおさらばさ!
 だって私はもうすでに二次元の友人と声を交わせるんだから!(幻聴が聴こえそうなほど暑い毎日が続きますね)

 Alcotの『Fair Child』、さくっと終わらせるつもりが結構な時間がかかりました。とりあえず、マップセレクト画面のデフォルメキャラが異常にかわいかったです。こころの動きとか好きだなあ。しかし、なんというか、進む方向明らかに間違っていました、これ。
 CloverHeart'sの玲亞シナリオを担当していた方がとばりと悠姫ルートを書いたんじゃなかろうかと思いますが、ともかく、この二つのルートは良かったんですよ(とはいえ、少々焼き直し感がありましたが)。それ以外がちょっと酷い。まあ、シナリオは名前で見ていないので、誰が誰だか正直わからないんですけどね。
 一言でまとめると、ループ展開多すぎ。異様にだれます。おそらく、出さなければいけないキャラが多すぎたのが問題なんでしょうね。というか、どこで誰を出すべきかがわからなかったのかもしれませんけど。メインキャラが多い(脇役が目立つという意味の)作品で複数ライターだとこういう弊害があるんでしょう。クロハみたいにキャラが絞られているのとは状況が違いますからね。あー、でもプレイした順番もあるのかもしれませんね。よくわかりません。とにかくごちゃごちゃし過ぎてました。

 でも、愛音はかわいかった。この作品ほど清々しいバッドエンドはなかなか無いと思います。いや、全ルート共通でバッドエンドのときは、愛音という、本編中でやたらと懐いている子が大きくなったところで終わるんですよ。「パパのおよめさんになるー」と言っているような子が大きくなるんですよ。リピートアフターミーですよ。
 もうなんていうんですかね、私は感動しました。そりゃ娘属性に目覚めますよ(元からだろう? なんていう突っ込みは勘弁して下さい)
 よくも悪くもまん丸い作品でした。もうすぐ出る新作に期待したいところです。


 どうでもいいですが、つい先日、漫画をダブらせてしまいました。新刊が出ていたのを見て、そういえば前の巻も買っていなかったなと思ったらあるし。思い切り読んでましたし。
 漫画を買うときにしっかり表紙を覚えていれば問題ないんでしょうけどね。脳のメモ帳の調子は極悪ですよ。

(7月10日 ハイクオソフトの新作『さくらさくら』が知らないうちにまた延期していたという。こっちも期待しているんですけども。)

スピーディバトル


 RPGのバトルで求められるものと言えば、演出の派手さやボス戦でのやり応えなどがありますが、なんといっても重要なのは雑魚戦が億劫にならないことでしょう。
 最初のうちは、システムが斬新であれば先頭が長引いても問題ないと思いますが、中盤を過ぎてからはさくさくと消化できないと戦闘が鬱陶しくなってきます。下手すると最後までプレイすることなくギブアップなんていうことに。
 かといって中盤辺りで極端に強いスキル持ちが出てくると、そのキャラ頼りの進み方になってしまい、イベントなどでそのキャラが離れたときにジーザス! です。
 戦闘バランスがRPGの価値を決定付けるといっても過言ではありません。
 そこで私はさっそくバランスを測ろうと思って、カラスと戦闘を繰り広げて来たんですが、一向に終わる気配がありませんでしたので逃げてきました。戦闘が逃走できるかどうかというのも大きなポイントですよね。


 ところで、視線を上向きにすると思考がポジティブになる、という記述をどこかで見たんです。その逆もある、と。
 原典が本だったかサイトだったか、とにかくどこの文章なのかさっぱり思い出せないんですが、これって妙に納得できるんですよ。
 目線がありますよね。基本的に皆さん、地面に平行、というかまっすぐ向いている時間が長いと思います。どうしてかって、首が疲れないから。
 つまりですね、視線を上向き、下向きにそれぞれやろうと思ったら、多少なりとも首を意識的に上下させないといけないわけです。
 首を下に向けているか、上に向けているか。これって、テンプレートに見るような落ち込み方とやる気に満ちている状態そのものじゃないですか。ため息をつく姿というのは、下を向いてとぼとぼ歩いている情景がセットですし、「やるぞー!」と手を上げる時は空を眺めている姿がセット。
 こじつけっぽいですか。これこそ、鶏と卵はどっちが先かの話ですかね。
 まあ、猫背の人は下方に目線が行っているかもしれませんけど。目線の行き先が気になる方は、意識を改革するという目標も踏まえて、猫背を直してみると良いかもしれません。

(7月9日 パソコンのディスプレイを前にしているときは、どうしても視線が下に向かいますからね。これもどうにか出来たら良いんですが。目線の高さよりも上にディスプレイを持ってきて画面が下を向くようにする? ……簡単ですね。ちょっと奇妙な体勢になりそうではありますが。)

風車と小屋の関係


 「思ったより大したことない」って結構危険な台詞ですよね。
 さすがに死亡フラグとまではいきませんが、かなりの危機的状況に立たされることになるフラグ。まあ、逆に言えば、最後は危機を乗り越えるわけですから、生存フラグとも言えるのかもしれませんが。

 あとから考えれば簡単、ということはよくありますよね。たとえば、数学の問題とか。証明に至るまでの一連の流れを一度見てみると、本当に分かった気になります。なんていうんですかね、既存のロジック、自分が既に持っている知識内で解けていたはずのものなどは特にそういう傾向がありますよね。
 パズルゲームなんかも同じだと思います。
 まあ、これは文章でも同じですよね。私がこうやってエントリを書いていても、出来上がったのを見ると、なんであれだけの文章を書くのにあそこまで時間がかかったんだろうと思うことしきりです。
 しかし、ただ答えを見るのと、答えを論理立てて理解するというのは、また別物です。つまり、答えを見て分かった気になる、ではなく、答えを見て理解する、という過程。これだとわかり難いか。
 ちょっとややこしいですが、要は、過程を理解できてこそ初めて答えを知ることが出来る、ということです。
 なにを今更なことを、思われるかもしれませんが、ふと情報化社会の弊害をここに見たような気がしましたので、なんとなく。
 
(7月7日 久々にビンのラムネを飲んだら、あまりに飲みづらくて驚きました。分からなくなっていくことも多いものですね。)

07月08日のココロ日記(BlogPet)

宇宙人さん、宇宙人さん…、ココロのこと見ててくださいね。いつか美味しい呼吸を作ってkasasagiさんに喜んでもらうんです!

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪

拳拳服膺(けんけんふくよう)


 ちなみにタイトルとエントリは例によって例の如く仲が悪いです。混ぜて解釈しようとしないでくださいね。
(逃げ口上)

 そういえば、今本屋が凄いことになってますね。いや、本屋というより、小説の表紙がですが。
 伊豆の踊り子がジョジョ化していたり、人間失格が実写化していたり、こころがケータイ小説と化してたり。表紙がですけどね。
 人間失格の表紙をデスノートの人が描いたとき、よほど売れたんでしょうね。それに倣ったというところでしょうか。
 販促としては面白い試みなんでしょうけど、あれは見ているとどうも落ち着きません。まあ、そこまで気にすることでもないんでしょうけど、該当する作品が好きな人から見れば、作品が色モノ指定されているようで、あまり良い気分になれないのではないだろうかと心配になります。
 まあ、販売に影響がなければすぐになくなるでしょうし、売れたら売れたで作品への理解が広まる、というふうに考えればそう悪くもないんでしょうかね。難しいところです。


 さて、死ぬほど暑いわけですが。やってられませんね。そりゃ素麺と間違えてうどんを茹でますよ。(これは素麺なんだ!と思いこんで食べました)
 あー、そういえば、私、冷麺って苦手なんですよね。具が鬱陶しくて。
 いや、ラーメンとかは別に良いんですよ。例外的に冷麺のあの構造がダメなんです。
 なんというか、せっかく涼やかしい食べ物なのに、具のボリュームと濃い出汁が台無しにしているような気がします。
 もっとさっぱりした食感が望ましいです。ついでに微少女の幻覚もついてくれば言うことなしですね。(熱中症には気をつけましょうね!)

(7月6日 ふと思ったんですが、セミって本当に鳴きだすまでは存在感が薄いような気がします。夏が来るなー、とは思っても、セミの季節が来るなー、とは思わないと言いますか。セミが鳴きだしてから、うー!あー!、という感じ。
 と、適当なことをいい加減に言ってみるのが最近の楽しみです。(どうしようもない))

暗がりのオーロラ

 この時期になると、匂いがやたらときつくなりますよね。ただの葉っぱの匂いにしてもそうですが、排気ガスの匂いもかなり気になります。
 まあ、私は葉っぱや排気ガスの匂いはそこまで苦手でもないので大丈夫なんですよ。問題は、い草の匂い。新品の畳とかですね。デパートやホームセンターなどに行くと、あの匂いのおかげで長居できません。いや、長居しなければならないような商品が置いてある場所には、い草はありませんけどね。
 しかし、匂いって回避するのが難しいですよね。一瞬でも匂いを感じ取ってしまったら、意識して呼吸を抑えてもなかなか匂いが離れないですし。瞼みたいに、自分の意思でカバーできれば良いんですけども。聴覚も同様に。
 っていうか、そういうことができる生物っていないんですかね。五感のいずれか、もしくは同時にいくつかを自在に操れる機能があったら便利そうですけど。爬虫類に持ってる奴がいるような気がしないでもないです。


 ここのところ、枕に不満を覚えてます。いえ、深い意味じゃなく、単純な意味です。
 ここ半年ほど低反発枕を使ってきたんですが、寝苦しいというかなんと言うか、リラックスできません。
 今では枕を腰に持っていって、クッションを枕にしているような始末です。曲がり損ねたエビみたいになってます。
 快眠を得るためには枕の買い替えが不可欠だと思い、竹の枕に目をつけたんですが、あれはあれで痛そうなので躊躇しているんですよね。無論、私が目をつけるものですから安物なんですが、さすがに買ってすぐにクラッシュしてしまっては身を裂いてまで枕と化した竹に申し訳ないですし。
 安眠カプセルみたいなのは出来ないんでしょうかね。理想の体勢で寝ることが出来るもの。起きたら肩こりや筋肉疲労が無くなってすっきり! のような。
 まあたとえ出来たとしても宇宙旅行並に手が出しづらい金額になるんでしょうね。まったく、人生って悪夢の連続ですよね(曲がり損ねたエビになりながら)

(7月5日 唐突になにかにぶら下がりたくなります。こう、なんていうんですかね、腕から背骨にかけてピーンとまっすぐ伸ばしたくなるんですよ。いや、それだけです。)

隠された下敷き



 本棚の中身を入れ替えしようと思い立ちまして、いらない本を見繕っていたんですよ。
 どうしてかよくわかりませんが、読んだ覚えのない本がかなり本棚に収納されて驚きました。いや、予定通りだといえばそうなんですが。
 それで、いらない本の中に入れていた本の中に、『アリソン』作/時雨沢恵一・イラスト/黒星紅白、がありまして、一巻すら読んでないはずなのになぜか全巻揃っていたという。
 さすがに何も手をつけないのはどうかと思い、飛ばし読みだけでもしておこうかと思ったんですが、いざ開いてみるとこれがなかなか面白い。気づいたら、今の今までずっと読んでました。全巻読んできました。
 なんといいますか、本当に不思議な世界観ですよね。同作家の『キノの旅』にしてもそうですが、たとえようのないぐらい独特の味です。楽しいよりも爽快を身近に感じます。続編の『リリアとトレイズ』も買うことになるかもしれません。まあ、ずいぶん出遅れたスタートですが。


 さて、もう7月ですよ。明後日は七夕ですよ。千羽鶴ならぬ千短冊を用意して夢と希望を書き綴るべきですかね。
 残念ながら私は近隣で竹が生えている場所を知らないので自前で用意するわけにはいきませんが、適当なお店に竹が用意されていることもよくありますからね。さりげなく混ぜて来ようかと思います。
 「これは――アイツだ!」と確信できるような短冊を見つけても、無視してやってください。

(7月5日 そういえば、竹と短冊って七夕が終わったあとはどうするんですかね。奉納? そのまま廃棄でもしようものなら、とんでもない数の恨み辛みに追われそうです。)

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