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新訳古典の遊び方





 リ し
  ン い
 に ギ た
  ん   け
   じ   た
 ほうれんSo!つ
         ま



 そうさ我らの菌糸類&緑黄色野菜。というわけでやって参りました、かささぎ(対栗鼠仕様)です。でも食べたりはしませんよ。

 『みなみけ』、最初は微妙だなあと思いながら観ていたんですが、見続けて良かったと前回の放送で思えました。微妙と思っていたのは、たぶん私だけでなく、原作を好んでいる人の多くが感じていたことだと思いますが、ひとえに、原作で表現されていた間の消滅だと思うんですよ。空白ですね。
 アニメの一話でどうにも間の抜けた感じだったので、今後もこんな感じかなあと思っていたんですが、えらく面白くなってきました。繋ぎ方、間の取り方が噛み合ってきたといいますか。幼かりし頃の夏奈と春香もかわいかったですし(あの場面だけで評価を変えたという説もある)
 なんにせよ、今後が楽しみですね。今期は他のアニメを観てないのでみなみけに期待大です。
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抜け殻だって中身をつめれば立派なぬいぐるみだ。





 エリンギしいたけニンジンまつたけほうれんSo!



 ……こんばんは。かささぎ鷹の目仕様です……(行間に潜むミステリ)

 私は新聞を読むとき、大体読者の投書欄から読むんですよ。時事ネタや政治、経済なんかに突っ込んでたり、『二次元に入れないんですが』などの人生相談コーナーの欄と言うとわかりやすいと思いますがそれです、それそれ。
 いつかあそこに名前を連ねたいなあと思いつつ読んでいると(できれば人生相談の方に載りたいものです『Q,最近視力が落ちてしまって、食糧を確保できません。どうしたらいいですか? byカササギ A,今までご苦労様でした。』)、私のような若輩が抱くには烏滸がましい心情ではありますが、身につまされたり、感心させられたりといったことが頻繁にあります。
 ああいったスペースにご意見を送る方に、社会経験が豊富な方や、恵まれた見識をお持ちの方が多いということもひとつの理由でしょうけど、やはりなにより大きな理由は選別している人だと思うんですよ。

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自分の小さな「箱」から脱出する方法──必要なのは本当に“愛”なのか?



『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
著:アービンジャー・インスティチュート
監修:金森重樹 訳:冨永星
出版:大和書房


 もどかしいほど懇切丁寧に示されていく思考の道筋への抵抗を失ったとき、この本の核に触れることができます。本当に疑うべきところは、どこにあるのか?
 いわゆる自己啓発本です。類書が数多くあることは皆さん御存じのところだと思いますが、今までこの手の本を手にした人がどれだけいらっしゃるでしょうか。ここをご覧になっている方は二十歳前後の男性が大半でしょうから、自己啓発という、いかにもなジャンルを持ち出されても、うさん臭いと思うだけで、たとえ手に取ったとしてもぱらぱらっと捲って「エックスしてぇ…」と呟くぐらいでしょう。正直私もそう思います。腕を交差して、脚を交差して!──ジャンピングエックス!(他意はありません)
 それだけに、ただ「この本は違うんだ!」と言っても説得力に欠けるばかりか、この本が自己啓発そのものであるという事実に即さない、虚偽の発言となってしまいます。
 しかし、残念なことに、私はこの本の本質を余すことなく伝えるための技術をもっていません。ですから、読んでみてください、としか言えません。

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へんし~ん!


 件のエロゲじゃないですよ!(十八禁の挨拶)
 『おとぎ銃士赤ずきん』、後半になればなるほど動きがよくなっているような気がします。いや、最初から良いといえばそうなんですが。戦闘シーンの流れが自然すぎる。某魔法少女の終盤とは(砲撃により放送中断)というか、序盤から真ん中は一部かなりやっつけな話もありますが、こういう基本的に適度に柔らかい一本気な話は好きです。熱い。「音楽を愛する心を忘れたか!」からの流れは本当に素晴らしかったですし、グレーテルは妹の極致にまでたどり着くという。グレーテルはもはやルーヴル美術館にさりげなく置いてもバレないはず。
 とまあ、初っ端から子供向けアニメ(?)の話で鉄壁の防衛ラインを敷きつつ「あ、あの、おひとつ、いかがですか?」と差し出されたフェアリーテイルを遥か遠い地シンガポールに向かって投げつけて晴れて前科一般、おとぎ話はゴミなんかじゃない!と叫ぶ鳥畜生です。こんばんぬ。

 児童文学に色々と手を出しているみたいな話を以前したと思いますが(詳しくは覚えてませんが、ろくな興味の持ち方ではなかったはず)、ぱらぱらと読んでいて、子供には子供騙しに通用するんだろうかと、ふと思いました。児童文学というものは得てして『大人が子供に読んで欲しい話』、というイメージがつくように思いますが、実際そんなことはないんですよね。ならどうなんだと言われますと、一言でまとめるなら、著者がやりたいようにやってるという感じでしょうか。様々な意味で。
 とりあえず子供っぽければなんでも良いんだろ!みたいなノリです。いえ、悪い意味でなく。本とチャンスと人は出会ったときに手に取っておくもの、となにかの評論で読んだ気がしますが、ただでさえ手にとられる機会の無さそうな児童文学にスポットが当たる日はやって来るのか。
 マンガ、アニメ、ゲーム、そしてネットから離れた子供たちが行き着く先は、もしかすると児童文学かもわかりません。私も一山でいいから当てれないものかな(一山をエロゲで崩せる日が訪れることを信じて!)

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